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お前の番だ! 76 [お前の番だ! 3 創作]

 是路総士はこれも前と同じに四方から、ゆっくりした動きと早い動きで下座の門下生に形を示して見せるのでありました。
「さて、今度はこれをやりましょう」
 是路総士がそう促すと下座の門下生達はきびきびとした動作で道場に広がるのでありました。万太郎は興堂範士の指示がないので、また引き続き威治教士と組む事になるのかと思って心の内で些かげんなりするのでありました。
 しかし万太郎の前に威治教士を差し置いて、稽古の始めに素ぶり鍛錬の号令をかけた花司馬渉筆頭教士が立つのでありました。
「興堂先生の命により、今度は自分と相手をしていただく」
 花司馬はそう云って万太郎に立礼するのでありました。万太郎は「押忍。お願いいたします」と返しつつ花司馬筆頭教士より少し深いお辞儀をするのでありました。
 威治教士を相手に次の組形稽古をしないで済むのは何よりでありますが、次から次へと自分の高弟に万太郎の相手をさせようとするのは、どう云った興堂範士の思惑に依るのでありましょうや。まあ、万太郎に対する悪意からでないのは判るのでありますが。

 良平が一人で使っているのだからその起居している内弟子部屋は、さぞや乱雑に衣類などが散らかっているのだろうと万太郎は想像するのでありました。持ち物の極端に少ない自分は兎も角として、大学の友人の物持ち連中の一人暮らしのアパートは、大体が衣類や雑誌がそこかしこに取り散らかり、飲み終ったビールやコーラの缶が自由奔放に転がり、部屋塞ぎに敷きっ放しにされた寝床の毛布や掛布団が小高く聳えているのでありました。
「ま、稽古が始まるまで中で気楽にしていてくれ」
 良平は部屋の引き戸を開けるのでありましたが、その六畳間は万太郎の想像とは違って意外にさっぱりと整理整頓されているのでありました。万年床でもなく、衣類は唯一の家具である衣装箪笥の中に総て仕舞われているようであります。
「おや、綺麗に部屋をお使いですね」
 万太郎は良平の後に部屋に入ってから引き戸を閉めつつ云うのでありました。
「まあ、綺麗にも何も、どだい持ち物が少ないからなあ」
「この部屋も道場掃除の時のようにあゆみさん辺りから点検されるのですか?」
「いやそれはないよ。自由に使っている。俺の数少ないプライベートスペースだからな」
「部屋の掃除も行き届いているようですが?」
 見渡したところ埃の一つも落ちてはいないのでありました。
「まあ、俺はこう見えても実は綺麗好きな方だし」
 良平は東向きの窓際に置いてある、折りたたみ足の小さな座卓の傍に腰を下ろすのでありました。万太郎は部屋の真ん中に良平の真似をして胡坐をかいて座るのでありました。
「僕も住みこみになったらこの六畳の部屋に同居するわけですね?」
「そうだな。話しに依ると以前にはここに三人の内弟子が住んでいた事もあったようだ」
「ここに三人は辛いですね」
(続)
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