お前の番だ! 68 [お前の番だ! 3 創作]
是路総士が傍から離れた後、万太郎は興堂範士に頭を下げるのでありました。
「僕の了見違いから稽古の手を止めさせて仕舞って、申しわけありません」
そう云う万太郎に興堂範士はニンマリと笑い返すのでありました。ここで「いやそれにしてもなかなか鋭い打ちこみでした」なんぞと言葉で慰めを云わないところが、興堂範士の分別のあるところでありましょう。是路総士が去ったすぐ後にそのような言葉を出すなら、それは折角の是路総士の万太郎に対する指導を蔑ろにする事になるからであります。
その辺の興堂範士の配慮は万太郎にも充分理解出来るのでありました。万太郎は興堂範士の床しき心映えを慮って益々敬服の念を篤くするのでありました。
早速、日曜日から万太郎の通いの内弟子としての武道生活が始まるのでありました。アパートを出がけに些かの緊張と不安を覚えるのでありましたが、こう云うものは早く慣れて仕舞えばどうと云う事はなかろうと思い切り、玄関ドアの内で一つ頭を横にふってそれをふるい落としてから、万太郎は快晴の冬空の下に跳び出すのでありました。
八時少し前に調布の常勝流総本部道場の玄関を入ると、納戸兼内弟子控えの間から出て来た良平が満面の笑みで迎えてくれるのでありました。
「おう、待っていたぞ。早く上がって稽古着に着替えろ。仕事が山ほどあるんだから」
良平はそう云いながら手招きの仕草もそこそこに、今出て来た納戸兼内弟子控えの間に消えるのでありました。万太郎は靴を脱いでちょっと迷ってからそれを上がり框下の隅に揃えて、良平の後を追って部屋に入るのでありました。
「靴は玄関に脱いだ儘にしておいて良いのでしょうか?」
「ああ、後で俺達が使う靴箱を教えるよ」
着替え終わった万太郎は今一度帯の結び方を良平に指導して貰うのでありました。
「総士先生にご挨拶したいのですが」
「ああそうだな、じゃあ、俺について来い」
良平は万太郎を従えて、昨日是路総士と対面した師範控えの間の方に廊下を進むのでありました。しかしその部屋には入らずに、廊下の突当りにある扉を押し開いてそのまた奥へと歩みを進めるのでありました。
その扉から先は、どうやら是路総士とあゆみが暮らす母屋と云う按配のようであります。すぐに台所があってそこを左に折れると、大きな引き違い窓から日差しの入る縁側兼廊下がずっと先まで続いているのでありました。
良平は障子戸の開け放たれた台所隣の和室の外に正坐して、万太郎にも座るように手で指示するのでありました。
「新米内弟子がご挨拶をしたいと云うので連れて参りました」
良平は律義らしく座礼しながら部屋の中に言挙げするのでありました。万太郎も倣って両手を揃えてお辞儀するのでありました。
「ああ、折野君か。随分と早いな」
中で本を開いていた是路総士が廊下で畏まる万太郎を見るのでありました。
(続)
「僕の了見違いから稽古の手を止めさせて仕舞って、申しわけありません」
そう云う万太郎に興堂範士はニンマリと笑い返すのでありました。ここで「いやそれにしてもなかなか鋭い打ちこみでした」なんぞと言葉で慰めを云わないところが、興堂範士の分別のあるところでありましょう。是路総士が去ったすぐ後にそのような言葉を出すなら、それは折角の是路総士の万太郎に対する指導を蔑ろにする事になるからであります。
その辺の興堂範士の配慮は万太郎にも充分理解出来るのでありました。万太郎は興堂範士の床しき心映えを慮って益々敬服の念を篤くするのでありました。
早速、日曜日から万太郎の通いの内弟子としての武道生活が始まるのでありました。アパートを出がけに些かの緊張と不安を覚えるのでありましたが、こう云うものは早く慣れて仕舞えばどうと云う事はなかろうと思い切り、玄関ドアの内で一つ頭を横にふってそれをふるい落としてから、万太郎は快晴の冬空の下に跳び出すのでありました。
八時少し前に調布の常勝流総本部道場の玄関を入ると、納戸兼内弟子控えの間から出て来た良平が満面の笑みで迎えてくれるのでありました。
「おう、待っていたぞ。早く上がって稽古着に着替えろ。仕事が山ほどあるんだから」
良平はそう云いながら手招きの仕草もそこそこに、今出て来た納戸兼内弟子控えの間に消えるのでありました。万太郎は靴を脱いでちょっと迷ってからそれを上がり框下の隅に揃えて、良平の後を追って部屋に入るのでありました。
「靴は玄関に脱いだ儘にしておいて良いのでしょうか?」
「ああ、後で俺達が使う靴箱を教えるよ」
着替え終わった万太郎は今一度帯の結び方を良平に指導して貰うのでありました。
「総士先生にご挨拶したいのですが」
「ああそうだな、じゃあ、俺について来い」
良平は万太郎を従えて、昨日是路総士と対面した師範控えの間の方に廊下を進むのでありました。しかしその部屋には入らずに、廊下の突当りにある扉を押し開いてそのまた奥へと歩みを進めるのでありました。
その扉から先は、どうやら是路総士とあゆみが暮らす母屋と云う按配のようであります。すぐに台所があってそこを左に折れると、大きな引き違い窓から日差しの入る縁側兼廊下がずっと先まで続いているのでありました。
良平は障子戸の開け放たれた台所隣の和室の外に正坐して、万太郎にも座るように手で指示するのでありました。
「新米内弟子がご挨拶をしたいと云うので連れて参りました」
良平は律義らしく座礼しながら部屋の中に言挙げするのでありました。万太郎も倣って両手を揃えてお辞儀するのでありました。
「ああ、折野君か。随分と早いな」
中で本を開いていた是路総士が廊下で畏まる万太郎を見るのでありました。
(続)
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