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お前の番だ! 67 [お前の番だ! 3 創作]

 万太郎は脂汗を額に滲ませるのでありました。
 出遅れないためには誘いをかけない方が良いと、二度興堂範士の木刀を頭上で受けた衝撃の残滓を掌に残しながら万太郎は考えめぐらすのでありました。
 万太郎は八相に構えた儘動く気配を殺して秘かに左足の指で地を噛むのでありました。これは相手に動作の起こりを察知されずに一気に前に跳びだすための用意であります。
 しかしその万太郎の見えない筈の身じろぎを捉えたのか、それとも彼の底意を察したのか、興堂範士は木刀を上段に動かして仕かけてくるのでありました。万太郎は興堂範士の木刀がその頭上に到達する前に左足で畳を蹴るのでありました。
 万太郎の左横への変化は殆ど僅かしかないのでありました。万太郎の木刀は直進して興堂範士の頭上に止まるのでありました。
 しかしほぼ同時に、興堂範士のふり下ろす木刀が万太郎の右耳朶を擦る程の近さで彼の首根に据えられるのでありました。これは真に、相打ち、であります。
「ほう、やられましたな」
 興堂範士が上目で自分の頭上に止まっている万太郎の木刀の物打ちを見上げるのでありました。そうは云うものの興堂範士の木刀も万太郎の首根を打ってはいるのであります。
「折野、それはいかんなあ」
 万太郎の左斜め後ろから是路総士の声がするのでありました。「今のお前の動きは組形稽古で求められる、後の先、の動きではなく、単なる、先、見切り発車、だ」
 万太郎は身を後ろに引いて木刀を下段に下ろすのでありました。それから体ごと後ろをふり返って是路総士に一礼するのは、どこが「いかん」のか訊くためであります。
「組形稽古ではな、・・・」
 是路総士が諭すような物腰で云うのでありました。「組形稽古では、後の先、の目と、動きを養うのが目的だ。見切り発車的に仕かけるのは今の稽古の趣旨にあわんな」
「押忍」
 万太郎は頷くのでありました。確かに今のは誘いもなく兎に角、先、を取ろうとこちらから打ちこんだのであります。
「単なる、先、で打ちこむのは道分さんの、後の先、の術中に嵌ったと云うだけだ。組形稽古は、先、とか、先の先、の動きを錬るために行うのではなくて、あくまでも、後の先、を錬るのが目的だ。先、とか、先の先、或いは、先先の先、は乱稽古で用いる機微で、後の先、が充分出来てから後に行わなければそれも結局中途半端で終わるしかない」
「押忍」
 万太郎はお辞儀と云うよりは項垂れると云った様子で低頭するのでありました。
「今のは相打ちだから、相打ち返し、と云う形にもなっておらん。つまりお前は私が指示した、相打ち返し、の組形稽古を稽古しようとないで不謹慎にも乱稽古もどきの了見であったと云うわけだ。それに乱稽古であって道分さんが自由に動けるとしたなら、お前の木刀は間違いなく道分さんに好きなようにあしらわれてその体を掠りもしないだろうよ」
「押忍。申しわけありません」
(続)
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