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お前の番だ! 66 [お前の番だ! 3 創作]

「さあて、こうしてあれこれ話しばかりしていてもつまらないでしょから、二人で組んでこの一本目の形をやってみましょうかな」
 是路総士はその場に正坐すると、先ず万太郎に、それから下座の門下生に向かって「では夫々どうぞ」と云いながらお辞儀するのでありました。一同はそれに「押忍」と声を揃えて応えて立ち上がると、二人ずつのペアになって道場一杯に散らばるのでありました。
 見所を下りた興堂範士が木刀を片手に万太郎に近づいて来るのでありました。
「折野君、一つワシとお願い出来ますかな?」
 思いがけぬその申し出に万太郎は面食らうのでありましたが、だからと云って断る理由は何もないのでありました。
「あ、どうも。よろしくご教授願います」
 万太郎は恐懼して少し深い立礼をするのでありました。常勝流の名人位にある興堂範士と稽古出来るのは全く以って有難いのでありますが、入門僅か二か月の万太郎には畏れ多いと云えばこれ程畏れ多い、対等の立場での稽古相手はないと云うものであります。
 幾ら高名であるとは云っても興堂範士からは、この場にあっては是路総士に稽古をつけて貰う一門人に過ぎないと云った遜った物腰が、如何にも自然にその体貌より匂い出ているのでありました。万太郎は興堂範士の人格の大きさに打たれるのでありました。
「先ずは折野君が仕太刀で、ワシが打太刀をつかまつろう」
 一間半の間合いで正眼に対峙した興堂範士は、一足左足を前に送って八相の構えになるのでありました。呼応するように万太郎も構えを八相に変えるのでありました。
 先ず万太郎が誘いをかけるように肘を微妙に動かすと、それに反応して空かさず興堂範士が木刀を上段に上げて正面に打ちかかってくるのでありました。その打ちこみの速さは是路総士以上なのでありました。
 万太郎は後の先、と云うよりは、あしらい損ねて明らかに後手に動くしかないのでありました。そうなれば横の変化も何も不可能なのでありました。
 万太郎は上体を捻って興堂範士のふり下ろす太刀の線からかろうじて逃れて、同時に木刀を頭上で横にして興堂範士の斬撃を受けるしか術がないのでありました。木刀の搗ちあう乾いた音が道場に響くのでありました。
「済みません、出遅れました。もう一度お願い出来ますか?」
 万太郎は興堂範士の撃刀の重さを腰に感じながらそう請うのでありました。
「おう、何度でも」
 興堂範士はそう云うが早いかすぐに後ろに跳び退って、また一間半の間合いで八相に構えるのでありました。是路総士の打ちこみは、その威圧感に依って相手を居竦ませて動作を儘ならぬものにして仕舞うのでありましたが、興堂範士のそれは、真に目にも留まらないスピードが身上であると云えるでありましょう。
 万太郎はもう一度、後の先を試みるのでありましたが矢張り敗北的に出遅れるのでありました。彼はふと高校生の頃の剣道の試合を思い出しているのでありました。
「もう一度お願いします!」
(続)
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