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お前の番だ! 57 [お前の番だ! 2 創作]

「いやもう、本当に全く、個人的な理由で交代したのです」
 万太郎は側頭部にかかる視線の圧力をふり払うかのように、顔を板場の方に向けて彼の顔を見上げるのでありました。
「ああそうかい。それなら別に良いけど」
 ふり向けた万太郎の顔が、当人はなるべくあっさりとした表情のつもりではあったものの些か険しい色あいを添えていたためでありましょうか、板場はほんの少したじろぐように万太郎から視線を外すのでありました。この板場と云う男は万太郎から、何かを探り出そうとしているような気配であります。
「今日面能美がこちらに伺わなければならない、何か理由があったのでしょうか?」
「いや、そう云う事ではないんだが、・・・」
 板場は思い直したようにもう一度万太郎を見るのでありました。「と云う事は、先回威治教士が面能美君にした仕打ちを、総士先生は何もお聞きになっていないと云う事だな?」
「さあ、そう云う事は私には判りません」
 万太郎は板場を少しからかうようにそう云って見せるのでありました。
「少なくとも先回の威治教士の面能美君に対する仕打ちを理由に、総士先生が君との交代を指示したと云うわけではないんだな?」
 板場は訊き方を少し変えるのでありました。
「それは全くその通りです」
「判った。それだけ聞かせて貰えば良い」
 板場は一つ頷いて万太郎から目を逸らすと、その儘彼を置き去りにして道場の方へ早足に向かうのでありました。万太郎は少し遅い足取りで板場の後を追うのでありました。
 道場には十人程の興堂派の門下生がてんでに、準備運動をしていたり顔馴染み同士で話しをしていたり、下座に単座して瞑目していたりするのでありました。こう云うのは常勝流総本部道場の稽古前と変わらない光景でありました。
 道場正面には見所の一段高く設えられているところに腰かけて、だらしなく胡坐に座った三人の取り巻き達を前に何やら談笑している威治教士の顔があるのでありました。その様子はこれから真摯に稽古に臨まんとする緊張感に満ちた姿とはおよそ思われない、まるで授業時間直前になっても教室の隅で屯して下らない話に興じている、どのクラスにも必ずいた数名のはみ出し者の高校生のようだと万太郎は思うのでありました。
 その輪の中に先程廊下で万太郎に声をかけた板場の姿はないのでありました。首を廻らせてみると横手の木刀かけの前で、威治教士達に対しては疎々し気に、そこにかけてある数十本の木刀を綺麗に揃え直している板場の姿が万太郎の目に入るのでありました。
 板場が道場に入ってから殆ど間を置かずに万太郎も入場したのでありますから、板場は先程廊下で万太郎に確認した事を、早速威治教士にご注進に及んだと云う事ではないようであります。と云う事はつまり板場は、先の是路総士の出稽古の折に良平にした意地の悪いちょっかいに依って、是路総士の不興を買ったかも知れぬ事を畏れた威治教士の意を受けて、万太郎にその点を聞き質そうとしたと云うわけではないと云う事でありますか。
(続)
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