お前の番だ! 50 [お前の番だ! 2 創作]
「ところでそこの若い衆」
興堂範士が廊下の万太郎に声をかけるのでありました。「ちょっとこっちにおいで」
万太郎はそう云われて是路総士の顔を窺うのでありました。是路総士が頷いたのを確認してから、先ず、一緒に廊下に控えていた興堂範士の門弟に頭を下げ、それから膝行で敷居を跨ぐともう一歩躄ってから正坐して、座卓の二人に向かって座礼するのでありました。
「お前さん確か、折野、と云う名前でしたかな?」
「押忍。折野万太郎と申します」
万太郎は名乗ってからもう一度お辞儀するのでありました。
「入門してからどのくらいになりますかな?」
「押忍。二月ちょっとになります」
「この道場へ来るのは二回目ですな?」
「押忍。二回目であります」
「あにさんに聞いたが、前まで捨身流の剣術をやっていたと云う事だが?」
「いえ、高校生の時まで熊本の捨身流の道場に通っていましたが、捨身流を習ったのはほんのちょっとで、専ら竹刀剣道をやっていたと云う事になります」
「ああそうですかい。しかしこのあにさんが、なかなか剣の筋が良いと褒めていたが」
興堂範士は是路総士の方を指差しながら云うのでありました。是路総士はそれに対して特段何も云わずに微笑んでいるのでありました。
「いえ、私等、そのようなお言葉をいただく域には未だ到底達しておりません」
万太郎はまたもや律義な一礼をするのでありました。
「お前さんは挙措も礼を外さないし、もの云いの方も落ち着いたところがある。何よりあにさんに対して誠直そうである。近頃の若い衆にしてはなかなか出来たものですぞ」
「押忍。恐縮であります」
万太郎はまたまた礼をするのでありました。
「この折野は、鳥枝さんが見こんでウチに連れて来たんですよ」
これは是路総士が脇から云う言葉でありました。
「ああ、鳥枝君が見こんだのなら立派な若者でしょうな」
興堂範士は真顔で納得するように頷くのでありました。何とも面映ゆい言葉でありますが、これは屹度先程の威治教士の是路総士に対する横着な態度に、万太郎が思わず声を上げようとして、しかしそれを逡巡もしているその彼の心根の経緯を、興堂範士が冷静に見ていたが故の褒め言葉であろうと万太郎は低頭した頭の中で推察するのでありました。
それで以って万太郎の心機の機微をちゃんと見取った事を彼に開示すために、しかも肯定的に開示すために、部屋の中に態々招いてこういう言葉をくれたのでありましょう。さすがに名を成した武道家だけの事はあって、その興堂範士の眼孔は武道家としても師範としても、なかなか隅に置けないものがあると万太郎は秘かに感じ入るのでありました。
「あにさんの下で一生懸命励めば、お前さんは屹度良い武道家になれます。向後、ワシんところのさっきまでここに居た若造先生とも昵懇に頼みますぞ」
(続)
興堂範士が廊下の万太郎に声をかけるのでありました。「ちょっとこっちにおいで」
万太郎はそう云われて是路総士の顔を窺うのでありました。是路総士が頷いたのを確認してから、先ず、一緒に廊下に控えていた興堂範士の門弟に頭を下げ、それから膝行で敷居を跨ぐともう一歩躄ってから正坐して、座卓の二人に向かって座礼するのでありました。
「お前さん確か、折野、と云う名前でしたかな?」
「押忍。折野万太郎と申します」
万太郎は名乗ってからもう一度お辞儀するのでありました。
「入門してからどのくらいになりますかな?」
「押忍。二月ちょっとになります」
「この道場へ来るのは二回目ですな?」
「押忍。二回目であります」
「あにさんに聞いたが、前まで捨身流の剣術をやっていたと云う事だが?」
「いえ、高校生の時まで熊本の捨身流の道場に通っていましたが、捨身流を習ったのはほんのちょっとで、専ら竹刀剣道をやっていたと云う事になります」
「ああそうですかい。しかしこのあにさんが、なかなか剣の筋が良いと褒めていたが」
興堂範士は是路総士の方を指差しながら云うのでありました。是路総士はそれに対して特段何も云わずに微笑んでいるのでありました。
「いえ、私等、そのようなお言葉をいただく域には未だ到底達しておりません」
万太郎はまたもや律義な一礼をするのでありました。
「お前さんは挙措も礼を外さないし、もの云いの方も落ち着いたところがある。何よりあにさんに対して誠直そうである。近頃の若い衆にしてはなかなか出来たものですぞ」
「押忍。恐縮であります」
万太郎はまたまた礼をするのでありました。
「この折野は、鳥枝さんが見こんでウチに連れて来たんですよ」
これは是路総士が脇から云う言葉でありました。
「ああ、鳥枝君が見こんだのなら立派な若者でしょうな」
興堂範士は真顔で納得するように頷くのでありました。何とも面映ゆい言葉でありますが、これは屹度先程の威治教士の是路総士に対する横着な態度に、万太郎が思わず声を上げようとして、しかしそれを逡巡もしているその彼の心根の経緯を、興堂範士が冷静に見ていたが故の褒め言葉であろうと万太郎は低頭した頭の中で推察するのでありました。
それで以って万太郎の心機の機微をちゃんと見取った事を彼に開示すために、しかも肯定的に開示すために、部屋の中に態々招いてこういう言葉をくれたのでありましょう。さすがに名を成した武道家だけの事はあって、その興堂範士の眼孔は武道家としても師範としても、なかなか隅に置けないものがあると万太郎は秘かに感じ入るのでありました。
「あにさんの下で一生懸命励めば、お前さんは屹度良い武道家になれます。向後、ワシんところのさっきまでここに居た若造先生とも昵懇に頼みますぞ」
(続)
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