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お前の番だ! 39 [お前の番だ! 2 創作]

 こうやってその後万太郎はあゆみから正坐の仕方とか、歩み足、継ぎ足の運足法とか手刀に依る正面への打ちこみ方とか、受け身の取り方等を習うのでありました。先ずあゆみが見本を示してそれを万太郎がぎごちなく真似るのであります。
 あゆみの動きは端正でしなやかで、腰の不要な動揺がなくて美しいのでありました。万太郎はこの動きで剣を操ればさぞや見栄えがするであろうと想像するのでありました。
 その日の稽古では都合三本の異なる体術の技を稽古するのでありました。技が変わる度に鳥枝範士は道場下座に居並んで食い入るように目を凝らしている門下生の前で、その技の範を示すのでありましたが、三本とも受けは良平が取るのでありました。
 万太郎も一応道場の仕来たりから下座に下がって鳥枝範士の模範を見るのでありました。しかし実のところ万太郎には不謹慎ながら、横に肩が擦れあうように一緒に座るあゆみの気配や息遣いの方が、鳥枝範士の鮮やかな技の演武以上に気にかかるのでありました。

 スーツにネクタイ姿の万太郎と稽古着を着た良平は、玄関の靴脱ぎで是路総士が出てくるのを待っているのでありました。
「興堂派への出稽古の付き人を僕と代わると云う事を、総士先生はもうご存知ですよね?」
 万太郎が横で靴箆を持って立つ良平に訊くのでありました。
「朝の内に許可は貰ってあるよ」
「どうして変わるのか総士先生はお尋ねになりませんでした?」
「いや別に。ああそうかって云われただけだ」
 師範控えの間の方から廊下をこちらに向かって歩く足音が聞こえたので、万太郎は是路総士と自分の、出稽古に持っていく稽古着の入った二つの風呂敷き包みを上がり框から取るのでありました。荷物は風呂敷き包みの他に木刀も二本あるので嵩張るのであります。
 納戸兼内弟子控室の角から是路総士の姿が現れると万太郎と良平はそちらへ体を向け、固いお辞儀をしながら声をあわせて「押忍」と挨拶するのでありました。是路総士の後ろには稽古着姿の寄敷保佐彦範士とあゆみが一緒について来るのでありました。
 寄敷範士は是路総士より少し小柄で、鳥枝範士と同い歳の、しかし彼の範士より大いに無愛想でなく、遥かに柔和そうな顔立ちをした人であります。
「では、総士先生、お気をつけて」
 板張りの玄関に正坐して寄敷範士が是路総士に律義らしく座礼するのでありました。少し下がった辺りに同じく正坐したあゆみが一緒に頭を下げるのでありました。
「こちらの夜稽古の方はよろしくお願いします」
 靴を履いた是路総士がふり返って寄敷範士に浅くお辞儀するのでありました。
「承りました」
 寄敷範士は両手を床についた儘の姿勢でいたので、もう一度頭を両手の甲の上に沈めてから上体を起こすのでありました。「じゃあ、折野、総士先生の事をよろしく頼む」
 寄敷範士は万太郎を見ながら、こちらには特に礼はしないのでありました。
「押忍。承りました」
(続)
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