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お前の番だ! 38 [お前の番だ! 2 創作]

「まあ、いきなりこの技の稽古は無理か」
 鳥枝範士が万太郎に云うとも独り言ちるともつかない云い方をするのでありました。
「ここで見学させていただきますよ」
「いや、折角来たのだし、稽古着にも着替えておるしなあ」
 鳥枝範士は道場内を無愛想な顔の儘で見回してから、稽古の始まる前に万太郎の隣に座った女性を手招きしながら呼ぶのでありました。「おうい、あゆみ、こっちへ」
 手招きされた女性はすぐに顔を向けて、既に一緒に稽古を始めていた男に一礼して、小走りにこちらにやって来るのでありました。既に一緒に稽古を始めていた男、と云うのはどうやら内弟子の先輩に当たる面能美良平のようでありました。
「ここに居るのは、見学と体験に来た男で、名前は折野、・・・」
「折野万太郎と云います」
 鳥枝範士が名の方を失念したようなので、万太郎がすぐに後を引き取って自ら名乗って女性にお辞儀して見せるのでありました。
「ああどうも、ご苦労様です」
 女性が万太郎に一礼を返すのでありましたが、仕草が溌剌としていてポニーテールに束ねられた黒髪がその時頭の後ろで躍動するのでありました。先程、是路総士の後について道場に現れた時から既に推察はついているのでありますが、この女性がどうやら、控えの間で稽古着に着替える時に良平から聞いた是路総士の一人娘のようであります。
「この折野と云う男に、構えの取り方とか正坐や礼の仕方とか、それから基本の動きや受け身なんかをさらっと教えてやってくれ」
 鳥枝範士があゆみに命じるのでありました。
「はい、承知しました」
 あゆみはそう返事して万太郎の方を見るのでありました。大きな可憐な目で一直線に見られて、万太郎は少したじろぐのでありましたが、それは顔に表わさないのでありました。
「じゃあ先ず、構えからね」
 鳥枝範士がその場を去るとあゆみが万太郎の横に立つのでありました。「常勝流体術の構えは剣術の正眼の構えと殆ど同じで、こんな感じ」
 あゆみが構えて見せるのでありました。右足を前に左足を後ろに、一足より少し大きな幅で前後に取って撞木立ちして、手は刀を持っていないので手刀にして、右腕は腰よりほんの少し高い位置にゆったりと伸ばして、左手は腰に添えると云う構え方であります。
「ちょっとやってみて」
 万太郎はあゆみが見本に示した構えをぎごちない仕草で真似るのでありました。万太郎の構えた姿を正面や後ろや横から、少し距離を置いてあゆみが点検するのでありました。
「ひょっとして剣道か何かやった経験がある?」
 あゆみが万太郎の背後から訊くのでありました。
「ええ。前に少しばかり」
「何となく腰つきが初心者にしては様になっているわね」
(続)
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