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お前の番だ! 37 [お前の番だ! 2 創作]

「では一本目を行う」
 是路総士が見所に上がったのを見届けて鳥枝範士が前に出るのでありました。是路総士の入場時に引き戸を開けた良平は、その位置で神前と総士先生への座礼をしていたのでありましたが、鳥枝範士の声に機敏に反応してすぐに同じく前に出るのでありました。
「今日は先ず、立ち取りで胸持ち肘極めの裏技を稽古する」
 鳥枝範士が道場中央で良平を相手にその技を披露するのでありました。胸倉を掴んで押す良平の手首を持って鳥枝範士がその押す力を利用して、くるりと体を回転して良平の側面に入ると、それに誘引された良平が肩諸共腕を返されて一歩前に出るのでありました。
 伸びきった良平の腕を鳥枝範士は脇下に取って固定するのでありましたが、丁度範士の懐に良平の片腕が抱かれているような具合になるのであります。鳥枝範士は間髪を容れず今度は逆回転をかけながら、良平の肘を上から圧しかかるように極めるのでありました。
 良平は一歩前に出た分、肘をより強く逆に極められて、その場に腰から落ちるように蹲るのでありました。見ているだけで相当に痛そうで、良平はもう片方の手で畳を必死な様子で大袈裟に何度か叩くのでありましたが、これは参ったと云うサインでありましょう。
 万太郎は昔、合気道の演武でこれと同じような技を見た記憶があるのでありましたが、体術の技としてはどの武道流派の中にも、同じような肘を極める関節技は一般的に在るのであろうと推量するのでありました。確かに肘を逆に極めるのは、相手を制圧するには大いに効果的でありましょうから、そこを狙わない手はないと云うものであります。
 鳥枝範士は向きを変えながらこの技を三本、手本として下座に正坐して整列する門下生の前で演じるのでありました。受けを取る良平の顔が一本毎に険しくなるのでありましたが、それは鳥枝範士の技が相当に強烈であるためでありましょうか。
 内弟子に入ればこう云う技を容赦なくかけられて、日々痛い思いをしなければならないのでありましょう。万太郎は既に長年経験済みの竹刀や木刀であちらこちら引っ叩かれる痛みと、色んな関節を逆に極められる痛みとではどちらが未だしも許容出来るであろうかと、無意味と云うも甚だ疎かなる比較論を頭の隅で展開しているのでありました。
「ではこの技を止めの号令があるまで繰り返せ」
 鳥枝範士が先ず受けを取った良平に、それから下座の門下生の方に威迫に満ちた礼をしながら命じるのでありました。全員が「押忍!」と発声しながら鳥枝範士に呼応の一礼をして、二人一組になって道場一杯に広がって技の稽古に取りかかるのでありました。
 しかしそう云われても万太郎はどうして良いのか判断出来ず、皆の立ち上がる動作に乗り遅れて、取り残されたように一人下座の隅に座っているのみでありました。三回見ただけで、いきなりそんな技の稽古が万太郎に出来るわけがないのであります。
「ほれ、さっさと立ち上がれ」
 鳥枝範士が近寄ってきて、途方に暮れたような顔をしている万太郎を見下ろしながら命じるのでありました。「どうだ、少しやってみるか?」
 鳥枝範士がそう誘ってくれるものの、どこかの組に自分が混ざると足手纏いになるであろうと云う気後れから、万太郎は力ない笑いを浮かべて尻ごみするのでありました。
(続)
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