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お前の番だ! 34 [お前の番だ! 2 創作]

 万太郎はそう云って栗鹿子を口に放りこむのでありました。興堂派本部道場での稽古後も美味い酒と食事がふる舞われるので、万太郎に特に不満はないのでありました。
「そうか。それなら頼む」
 良平が万太郎にお礼の合掌をするのでありました。「どうにも神保町の息子先生は俺は苦手でなあ。この前も俺が行った時、俺の座礼の仕方が武道家らしくないとか云って、総士先生が興堂先生と食事している間、道場でヤツの取り巻き連中と一緒に俺を車座に座って取り囲んで、散々座礼の練習をさせやがったんだ。あれは虐めと云うものだぜ」
「そう云えばそんな事を前に聞きましたねえ」
「あの息子のヤツは相当に性格が捻じ曲がっているなあ。興堂先生はサッパリとした人なのに、どうしてあんな碌でもない息子が出来たかねえ」
 この息子先生とは、道分威治、と云う名前の興堂範士の次男坊で、上の兄が武道とは全く違う道に進んだために将来の興堂派の二代目を継ぐべき人なのであります。名遂げた人の息子であり幼少の頃より周囲にちやほやされて育ったせいか、人に対する不遜さが体貌から滲み出しているようなところがあって、万太郎も苦手なタイプなのでありました。
「でも、急に付き人が変わると総士先生がまごまごされませんかね?」
 万太郎が懸念を表明するのでありました。
「明日俺から懇ろに云っとくよ。それに鳥枝先生の方だって、要するに存分に痛めつけられるヤツが来れば、俺でもお前でもどちらでも構わんだろうからな」
 まあ、鳥枝範士の方は要するに良平が云ったその通りであろうし、是路総士も鷹揚な人でありますからその日の付き人が誰であろうとあまり気にはしないでありましょう。それから付言ながら興堂派への出稽古には、偶にあゆみが同行する事もあるのでありました。
「じゃ、そう云う事でよろしくたのむわ」
 良平が安堵の表情で、もう一度手をあわせてお辞儀までして見せるのでありました。

 万太郎は良平に案内された内弟子詰所で稽古着に着替え始めるのでありました。剣道着は少年の頃から着慣れているのでありましたが、同じ刺子でも藍色の染めのない生成りの柔道着は、剣道着よりも余程厚くて重くゴワゴワと硬く、引っ張られようが捻じられようがそれに充分耐えられるように如何にも丈夫に無骨に出来ているのでありました。
 それに剣道の時とは違って下半身には同じ綿製のこちらは刺子のない生成りの、ダブダブの作業ズボンのような、何ともイカさない下衣を穿くだけのようであります。
「袴はつけないのでしょうか?」
 万太郎が、横で着付けを見ながらあれこれ助言をくれる良平に訊くのでありました。
「つけないよ。柔道と同じだ。通常、袴の着用は三段以上からでそれまでは上衣に下衣に帯だけと決められている。女子に関しては初段以上は袴着用可となっているけどな」
 良平はそう云いながら自分の白帯の結び目をきゅっと絞るのでありました。
「ああそうですか。袴がないと何となく下半身がたじろぎますね」
「そうかい。下半身がたじろぐかい。でもそれが昔からの稽古時の体裁だからな」
(続)
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