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お前の番だ! 19 [お前の番だ! 1 創作]

 一礼した後万太郎は木刀を先ず正眼に据え、すぐに八相に構え直して一間半の間合いを取って是路総士と相対するのでありました。是路総士は良平の時と同じように、ふわりと柔らかい動きで下段に構えるともなく構えるのでありました。
 つけ入る隙が全くないのでありました。八相の構えからの攻撃は捨身流を習っている時から万太郎の得意とするところでありましたが、切っ先を天に向けて相手から外しているのでどちらかと云うと、待ち、の構えで、相手の先の打ちこみを誘ってその動きの起こりにつけ入るためのものでありましたが、是路総士は無表情でゆったりとした下段を崩そうとせず、こちらも万太郎が先に仕かけてくるのを何時までも待つ心算のようであります。
 是路総士の下段も、待ち、の構えであります。こうなると焦れた方が負けでありますが、そうとは判っていながらも万太郎は焦れ始めた自分が判るのでありました。

 鳥枝会長がまた万太郎の履歴書を取り上げてから訊くのでありました。
「ところでもう就職は決まったのかね?」
「いや、その兆候すら未だ全く見えません」
 万太郎は頭を掻くのでありました。頭皮上を行ったり来たりする指の刺激が届かない頭の少し奥の方で、これからいよいよ、それならば我が社に入らんかね、なんと云う鳥枝会長の誘いの言葉が出るかも知れないと万太郎は期待するのでありました。
「ああそうかね。それならば、・・・」
 いよいよ来るか、と万太郎は頭上の指の動きを止めるのでありました。鳥枝会長は間を外すように、また万太郎の履歴書をテーブルの上にぞんざいに置くのでありました。
「常勝流の内弟子にならんかね?」
「内弟子、・・・ですか?」
 おやおや、そちらの方に来たかと思って、万太郎は頭にやっていた手を下ろしてその手でゆっくりと膝の上を掻き始めるのでありました。
「武道が好きなんだろう?」
「ええ、好きかと訊かれれば好きと云う他ありませんが」
「何だ、まわりくどい云い草だな」
「こちらに出てきて大学に入ってからは、時々公園で木刀の素ぶりとか、うろ覚えの捨身流の形を単独でやるくらいしかやっていませんでしたので、好きは好きではありますが、是も非もなく好き、と云う事にはならないような気がします」
「ああそうかね。こちらで大学の剣道部にでも入ろうかとか、何処か街の剣術の道場にでも通おうかとか云う考えは起きなかったのかね?」
「大学の剣道部はちょっと覗いてはみましたが、当然の事ながら向うでやっていた捨身流の稽古とは趣が全く違っていましたし、第一、剣道場や部室の佇まいが汚くて、それに部員の稽古着の着こなしがだらしなく見えて、不遜な云い方に聞こえるかも知れませんが、これじゃあ大したヤツもいそうにないと興醒めして入るのを止めました」
「ほう、成程ね」
(続)
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