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お前の番だ! 17 [お前の番だ! 1 創作]

「試合では、或いは本当の切りあいでは刃で相手の太刀を凌ぐ場合もある。刀の刃毀れくらいで自分の命が助かるのなら、躊躇なく、いや寧ろ平然とそうしなければならんだろうよ。剣捌きの体裁に拘って命を落としたら、こんなつまらん事はない。なあ、面能美」
 是路総士は右端の良平に顔を向けながら云うのでありました。良平はここで自分の名前が出てくるとは思いもしなかったようで、一瞬息を止めて怯むのでありました。
「いやあ、総士先生の今のお話しは判るのですが、自分は刃で相手の太刀を凌ぐ事の是非以前に、面目なくもあゆみさんと万太郎の乱稽古を只々、二人共大したものだと感心して見ていただけでして、二人に比べると剣術では自分は随分と後れを取っているなあと、そうとしか今のところ云いようがないようで、いやはや何とも。・・・」
 良平は頭を掻くのでありました。
「それは仕方がない。二人と違ってお前はここに内弟子に入る前には、木刀すら握ったことすらなかったんだから。しかし励めば何時か屹度上手くなるだろうよ」
「はあ。今のご教誨を頼りとさせて貰って、頑張ります」
 そう励まされて良平が是路総士に一礼するのでありました。
「まあ兎も角、あゆみは剣術の形稽古と乱稽古の気持ちの区別をしっかり持つ事が肝要だし、折野は勝機に貪欲に食らいつく気持ちの修羅をもっと磨く事だ。要するに二人共未だ々々武術修行者としては半人前と云う事だな。折野はここに来て未だ数か月しか経っておらんから仕方ないところもあるが、あゆみの方は子供の時から常勝流を学んでいるのだから、どちらかと云うとお前の方にここはより厳しく云っておかなければならんな」
 あゆみは眉間に深刻そうな縦皺を刻んで、正坐した膝前に揃えてついた自分の手甲に全面降伏と云った風情で額を押しつけるのでありました。
「どれ、折角だから面能美、少し稽古をつけてやろうか。籠手をつけて木刀を持ってこい」
 是路総士はすっかり語調を変えて良平に向かってそう云うと、脇息を脇に退けてゆっくりとした動作で立ち上がって見所を降りるのでありました。急に名指しされた良平はその是路総士の言葉が全く意外であったらしく、自分で自分の顔を指差してたじろいで見せて、それから慌ててお辞儀をしてから飛び跳ねるように立つのでありました。
 あゆみが脇から自分の使っていた木刀を捧げ持って是路総士の前に出すと、是路総士は無造作にそれを掴んで道場の真ん中に進むのでありました。良平には籠手をつけろと指示したのに、是路総士は素手の儘で稽古をつけるようであります。
 良平が籠手をつけてその手に木刀を持って是路総士の前に立つのでありました。万太郎はあゆみと伴に下座に下がって、あゆみと並んで正坐して二人の稽古を見つめるのでありましたが、未だ互いに木刀を構えもしていない内から、是路総士と気後れした良平の格の違いが、その向いあって立つ両者の姿に歴然と表れているのが見て取れるのでありました。
「お願いします」
 良平のみがそう発声して、両者は立礼を交わすのでありました。
「まあ、好きなように打ちこんでこい」
 是路総士が木刀を下段に構えるともなく構えるのでありました。
(続)
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