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お前の番だ! 13 [お前の番だ! 1 創作]

 特に意識してそうあらねばと心がけているのではないのでありましたが、万太郎には気質として、何事に於いても人と張りあいたくないと云った円やかなところがあるのでありました。それは彼も、対抗心とか競争心とか優劣の意識とかも人並みに持ちあわせてはいるのでありましたが、しかし万太郎の顔つきや瞳の色あいが子供の頃からどことなく容々としている風に見えて、その見目が物心ついて以来ずっと周りの者達に持て囃されてきたものだから、それでそんな彼の性質が自然に形成されたと云うところでありましょうか。
「そのソファーにかけなさい」
 鳥枝会長が三人がけの方を指差して、自分は万太郎の着席を見ない内から一人がけの方にどっかと腰を下ろすのでありました。万太郎は指示された通りソファーの端の、鳥枝会長と丁度向かいあわせになる位置に「失礼します」と云いつつ腰を落とすのでありました。
 向かいあわせに座ったものの、鳥枝会長は手にしている万太郎の履歴書を目前に翳した儘暫く何も云わないのでありました。万太郎は先方から呼び出されたわけで、ここで万太郎の方から口を開くのも何となく礼に適わないような気がするものだから、鳥枝会長が顔を隠すように翳している自分の履歴書の裏面に目を遣っているのみでありました。
「君は捨身流をやっていたのかね?」
 鳥枝会長が未だ履歴書で顔を隠した儘云うのでありました。
「ええ、はい」
 売りこみ処はたんとはないものの色々履歴書に書き連ねた事項の中で、確か趣味とか云う項目の中に、寄席見物とか喫茶店通いとか有名人の墓探訪とか赤ん坊あやしとか近所の散歩とか百貨店の万年筆売り場覗きとか朝寝とか花見とか色々記した最後に、人気のない公園での木刀の素ぶり(捨身流剣術の形)、なんと云うのを万太郎は書き加えた覚えがあるのでありました。それは如何にもどうでも良い紙面の賑やかしとして書いたものでありましたが、鳥枝会長がそんな些末なところを最初に彼に質問するとは全く意外でありました。
「どのくらいやっていたのかね?」
「捨身流の道場が実家の近所にあったので、小学校に上がってすぐに親父に無理矢理連れていかれて入門させられて、それから高校卒業までです。まあ、高校生になったら学校のクラブ活動とか大学受験なんかもあって、そんなに頻繁には通えなかったのですが」
「ほう。そうすると十二年の修業歴があると云う事か」
 鳥枝会長はこの時、顔の前に翳していた履歴書を少し脇にずらして、ようやくに万太郎の顔を正面から片目で見るのでありました。
「十二年と云っても小学生のチビに剣理が判るわけでもありませんし、高校生の頃は良くて週に二回くらいしかいけませんでしたから、その分を割引きしてお考えください」
「ふん、成程ね」
 鳥枝会長は万太郎の受け応えにそう無愛想に返して、また履歴書を所定の位置に戻して顔をすっかり隠して仕舞うのでありました。
「そうすると高校卒業まで君は熊本にいたのだな?」
 鳥枝会長が履歴書の向こうから声だけ投げるのでありました。
(続)
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