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お前の番だ! 12 [お前の番だ! 1 創作]

「今日お呼びさせてもらったのは弊社への就職の件とは少し趣が違うと云うのか、・・・しかし大まかに云えば違わない事もないと云うのか、まあ、そんなような次第で、実は弊社の前の社長で現会長である鳥枝桐蔵が貴方に大いに興味を持ちまして、是非ともお会いしたいと申しますものですから、それでこうしてご足労いただいたと云うわけなのです」
 済陽人事部長が万太郎を先導して乗ったエレベーターの中で云うのでありました。
「はあ、成程。そうですか」
 さっぱり要領を得ない話しで、何が成程なのか、自分で云った成程の言葉に万太郎は自分でどう納得したのかと思うのでありました。就職の件とは趣が違っているようで違っていない次第とは一体どう云う次第であるのか、万太郎はエレベーターの扉の上方に明滅する階数を示す数字が、昇順に変化するのを見ながらぼんやりと考えているのでありました。
 エレベーターは八階まで昇るのでありましたが、廊下に出るとそこは殆ど人の気配がなくて、その日も会社訪問の学生達で賑わっている一階のエントランスとは全くの好対照なのでありました。どうやらこの階は役員の部屋とか要人用の応接室とかばかりがある階なのだと、済陽人事部長の後ろについて廊下を歩きながら万太郎は気づくのでありました。
「失礼します」
 済陽人事部長は会長室と書いてある扉をノックしながら中に声をかけるのでありました。中から「おうい」とか云う返答が返るのを待って済陽人事部長は扉を開くのでありました。
 二十畳程の部屋の真ん中に大きな五人がけの三点セットの応接ソファーがあり、部屋の最奥には大きなデスクが窓を背に据えてあって、そこに赤ら顔の恰幅の良い男が座っているのでありました。男は机上に置いた書類に目を落としていたようで、顔はその儘俯けた状態で、濃い眉毛と瞼だけを吊り上げて上目でこちらに視線を投げるのでありました。
「会長、折野万太郎さんをお連れしました」
 済陽人事部長がデスクの前に進んでから律義な一礼を添えて申告するのでありました。
「おうい、ご苦労さん」
 会長と呼ばれた男は立ち上がってデスクを離れながら、済陽人事部長の後ろに畏まっている万太郎をジロリと睨むのでありました。手には今まで見ていた書類を持った儘なのでありましたが、それはどうやら万太郎が会社に提出した履歴書のようであります。
「では私はこれで失礼いたします。何かご用があればお呼びください」
 済陽人事部長がそう云ってお辞儀する横を、会長と呼ばれた男は横着そうに素通りして万太郎の真ん前に立つのでありました。背は万太郎よりほんの少し低いようでありますが、骨太で逞しいと云った体つきで背広の袖から覗く手首がいやに太く、陽に焼けた赤ら顔は目鼻が大づくりで、会長と云う肩書から想像した程老人の風貌ではないのでありました。
 何よりその押し出しの良い体貌と、心服せぬ者に対して全く容赦を見せそうにないような、恐ろしく居丈高な眼差しから発せられる威圧感に万太郎は思わず気後れするのでありました。しかしそこはぐっと堪えて、同じような挑みかかるような眼光を添えない、あくまでも畏まった中に涼やかさを湛えた目容で会長の瞳を見返すのでありましたが、この如何なる場でも婉容を崩さないところが万太郎の持つ味わいと云えばそうでありましょうか。
(続)
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