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お前の番だ! 7 [お前の番だ! 1 創作]

「鳥枝建設の人事部の者ですが、折野万太郎さんでいらっしゃいますしょうか?」
 電話の向こうから聞こえる声は聞き覚えのある甲高いもので、会社訪問した折に中心的に座を取り仕切っていた、赤ら顔の済陽人事部長のものだとすぐに判るのでありました。
「はいそうです。折野万太郎です」
 万太郎は先方の丁寧なもの云いに受話器を耳に当てた儘、部屋の壁に向かって何となく一礼しているのでありました。
「突然で不躾ではありますがこうしてお電話を差し上げたのは、貴方様に是非一次試験前に弊社にご足労頂きたいからでありまして」
「はあ。ええとそれは、御社への就職の件で、でしょうか?」
「ええまあ、そう云う風にご理解頂いても結構です」
 何となく、そうだとはっきり云い切らない曖昧さを含んだ云い様であります。
「何時お伺いすればよろしいのでしょうか?」
「急で大変申しわけないのですが、出来ましたら明日にでもと思っておりますが」
「判りました。お伺いさせていただきます」
 万太郎はまた壁にお辞儀するのでありました。「時間はどうしましょうか?」
「出来ましたら明日午前十時と云う事で如何でしょうか?」
「はい判りました。午前十時に参ります」
「ご来社されたら、受付にお名前をお告げ頂ければそれで結構です」
「判りました」
「ではそのようにお願いいたします。ご免下さい」
 電話はそう云って切れるのでありました。受話器を耳から放す時に万太郎はまたもや一礼するのでありましたが、その後受話器を元に戻して暫し首を傾げるのでありました。
 会社訪問した折の質疑応答の時間中、万太郎は取り立てて何も発言等はしなかったのでありましたから、彼の存在を向う様にはっきり認知せしめるような場面は特段何もなかったのでありました。彼がそこにいた事すら向こうは気にもかけなかったでありましょう。
 してみると彼の提出してきた履歴書の方に、先方が何かしら強い興味を抱いたと云う事かも知れません。しかしこの履歴書てえものがまた、自慢すべきが何もない、誰が見てもさっぱり魅力的な記述の見当たらない、自分でも溜息の出るくらい興醒めの代物でありましたから、それも可能性として考えにくいわけで全く以って解せない電話であります。

「では次の技に移る」
 鳥枝範士の声が道場に響くのでありました。その声に門下生が今までやっていた、座取りの腕一本抑え表技、の稽古を止めて、一斉に下座に下がって正坐するのでありました。
「次は、今の技を立ち技で行う」
 道場の真ん中に立つ鳥枝範士の声に内弟子の万太郎が反応して、すっくと立ち上がって前に出るのでありました。鳥枝範士はまたもや万太郎を相手にこの、立取りの腕一本抑え表技、の手本を門下生に、向きを変えながら三本披露するのでありました。
(続)
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