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お前の番だ! 6 [お前の番だ! 1 創作]

 映画の後に鳥枝建設の設立からの歴史とか創業者の横顔であるとかとか、歴代三人の社長の紹介やら、近来の「オイルショック」にもめげす堅調に業績を伸ばしている事であるとか、一通りの会社の沿革が済陽人事部長から説明があるのでありました。その後で何でも構わぬから何か質問があればと済陽人事部長から促されて、前に座っている学生達はここが売り出し所と気負いこんで、方々で意欲的な挙手が天井に伸びるのでありました。
 学生達は自分の名前と在学している大学名を最初にものしてから、我勝ちに様々の質問をするのでありました。勿論最初に元気に名前と在学大学をものするのは礼儀からでもありましょうが、一番の魂胆は前に居並ぶ会社の採用担当者三人の内の誰か一人が、自分に好印象を持ってくれて、我が名をちらとメモでもしてくれる事を期してでありましょう。
 或る一人は、自分はこれこれ云々の学問を大学でやってきてこれこれ云々の成績を残しているのであるが、そう云った学問の成果を是非鳥枝建設で発揮してみたいなんと云う、これは特に質問と云う事ではなくて単なる売りこみ以外ではないような発言をするのでありました。また一人は大学かそれとも事前にあれこれと仕こんだ小難しい専門用語をさり気なく披歴しつつ、自分が如何に建設業界に入れこんでいるかをアピールするような、万太郎が初めて聞くような高層建築に関する専門的な質問をするのもあるのでありました。
 万太郎はこりゃ叶わんと自分の傍に座っている大学生達に対して大いに畏れ入るのでありましたが、反面、そんな質問なんぞは質問と云う名にも値しない、あざといと云うも疎かなるラブコールでしかないと腹の中で思うのでありました。学生達よりは世故に通じているであろう前の採用担当の三人には屹度通用しない、笑止千万なる仕業でありましょう。
 給料は幾ら貰えるのかとか、休みはちゃんと取れるのかとか、仕事にノルマはないのかとか、接待ゴルフに頻繁に動員がかかるのかとか、そう云った辺りを質問する奴原もいるにはいるのでありましたが、万太郎にはこちらの方が好感が持てるのでありました。尤も万太郎に好感を持たれても、彼の奴原は嬉しくも何ともないでありましょうが。
 この学生達との質疑応答の時間が二十分程で、後は一次試験たる筆記試験の科目やら日程やらの確認と、その一次試験の合格者にはどのような形で通知が行くかであるとか、そのまた後に控える面接の二次、三次試験の事やらについての話しがあって、都合四十五分程で万太郎の鳥枝建設会社訪問は終了するのでありました。万太郎が会議室を出ると、もう次の訪問組の行列が受付の前に出来ているのでありましたが、世の中がすっかり不況になって大学生の就職も儘ならないと云う事もあって、実になかなか盛況のようであります。
 万太郎は鳥枝建設への就職には然程乗り気にはならないのでありましたが、それは鳥枝建設が何となく自分とは縁の薄い企業のように感じられたからでありました。勿論そんな選り好みの出来る立場ではないのは承知ながら、申しこみはしたものの一次試験はすっぽかして、また大学の就職課の掲示板で他の企業を探そうと云う気持ちに、アパートに帰るために新宿三丁目駅へ向かって街中を歩いている傍からすでになっているのでありました。
 万太郎がそう云う心算でいたにも関わらず、二三日して鳥枝建設の人事部に、就職活動のために最近態々大枚を叩いて部屋に引いた電話の呼び鈴が鳴らされるのでありました。さあてこれは一体、どう云う具合の風の吹きまわしなのでありましょうか。
(続)
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