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もうじやのたわむれ 360 [もうじやのたわむれ 12 創作]

 こちらに戻ってきたら閻魔庁での記憶のあれこれは、すっかり消えて仕舞うと云う事でありましたが、不思議な事に拙生はその一部始終をすっかり覚えているのでありました。これは一体どうした事でありましょうや。何か不手際が生じたのでありましょうか。
 ま、今回の拙生の事情と同じか、或いはまた別の何らかの事情で、これまでもあちらの世から娑婆に逆戻ってきた亡者が複数いて、その者の中にはちゃんとすっかり、閻魔庁でのあれこれを綺麗に忘却した者もいれば、拙生みたいに殆どを鮮明に覚えているヤツも、うろ覚えと云う連中もいるのでありましょう。その辺は閻魔庁の亡者生理研究所の、今の段階で得ている見解とは違う現象が、実際には起こっていると云う事かも知れません。
 そいで以ってうろ覚えの連中が、あちらの世の事をこちらで色々曖昧な儘に喧伝する事に依って、あちらの世の姿がかなり歪められて、或いは多少異なった形でこちらに広まり定着したのかも知れません。全く忘却して仕舞ったのなら何も語る事はありませんし、鮮明に覚えている者はそれが鮮明なだけに、こちらでは受け入れられないであろう事が判るし、それを何の憚りもなく紹介する事に畏れと躊躇いを覚えるでありしょう。法螺吹き呼ばわりされるのもつまらないですし、真、を識り得た者は、寡黙になるものでありますから。で、拙生はと云うと、それを他人に微細に紹介説明する事が億劫なだけでありますが。
 まあ拙生は誰にも一言も喋らない儘で、逆戻った後のこちらでの生を遣り過ごす事といたしましょうかな。特に聞かれもしないなら、拙生に態々あちらの世の情報を伝える義理は何もないのであります。予期せぬ拠無い事情で偶々逆戻る事になったのでありますから、拙生の本来の帰属はあちらの世にあるような気がしないでもないのでありますし。ま、もう少しこちらでの生を継続出来ると云うのは、ちょっとばかり得した気分ではありますが。
 と云う事はつまり、この世に逆戻った今の拙生は、実は、亡者の仮の姿、ならぬ、人間の仮の姿、でこの世に在ると云う事になるのでありましょうか。これから先何年なのかは判らないのでありますが、兎も角、拙生はこちらでの生を、人間、と云う仮の姿で送ると云う事になるのであります。何とも横着そうであっさりしない生ではありますが、ま、それはそれで何やら気楽な感じもするのであります。際どいところで拾った命、これから心して生きなければ、等とはちいとも考えないところが慎に以って面目ない次第であります。
 さて、あちらの世から帰ってきて一か月もすれば、次第にこちらの世の家での営みも家族の対応も、あちらに行く前の状態に還りつつあるのでありました。そうなってくるとぼつぼつ、仕事の方にも復帰しようかと云う意欲も起ってくるのでありました。
 で以って拙生は、久々に会社に出勤するのでありましたが、拙生がいない間に新入社員が一人、拙生のいる部署に配置されているのでありました。その新入社員と云うのが、何と、向こうで一緒にカラオケを楽しんだ、楚々野淑美さんと瓜二つだったのであります!
 拙生は上司に紹介された時、思わずたじろいで、大いに取り乱すのでありました。他人の、いや、他鬼の空似どころか、その女性はすっかり楚々野淑美さんその人、いや違った、その鬼、であります。淑美さんは地獄省の鬼でありますから、娑婆とは何の因縁もない筈であります。これはひょっとしたら、準娑婆省に居残る提案を反故にされた大酒呑太郎氏の、拙生に対する鬼の悪いちょっかいではないかと疑うのでありましたが、はてさて。・・・
(了)
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