SSブログ

もうじやのたわむれ 357 [もうじやのたわむれ 12 創作]

「そいじゃあ姐さん、色々お手を煩わせました。では遠慮なくこれから娑婆に逆戻ります」
 拙生はしこめ姐さんに丁寧にお辞儀をするのでありました。
「あいよ、とっとと行っとくれ」
「亀屋さんや関係各位にも数々お骨折りをいただいて、何とお礼を云ったら良いのか」
 拙生は、今度は亀屋技官に一礼するのでありました。
「いや別に。仕方ないです。仕事ですから」
 亀屋技官は掌を拙生の前に出して無愛想な事を云うのでありましたが、特段悪気があってそう云ったのではなさそうで、目は笑っているのでありました。まあ、口から出す言葉に対して準娑婆省の鬼によくあるのであろう、無神経さが露出しただけでありましょう。
 拙生は岩塊の隙間から洞窟の奥を覗くのでありました。籠っている空気が揺らぎもしない程の、濃密で、苛烈で、是も非もない、見様に依っては荘厳とも云える暗黒が、蛇のように蟠っているのでありました。拙生は中に進むことに大いに気後れするのでありました。
 何となく名残惜しくなって、もう一度洞窟の外を見ると、補佐官筆頭と逸茂厳記氏、それに発羅津玄喜氏がさっきと同じ様にこちらに目を凝らしているのでありました。拙生がちゃんと洞窟の奥に消えるまで、そうやって見守ってくれるつもりなのでありましょう。拙生がまたも手をふると、三鬼は矢張りそれに応えて夫々に手をふり返すのでありました。
 拙生は暗闇の中に一歩左足を踏み入れるのでありました。するとその足がいきなり、宙に持っていかれるのでありました。転ぶと思って咄嗟にもう片方の右足を踏ん張ろうとするのでありましたが、それも虚しく、拙生は左足から暗闇の奥に吸いこまれるのでありました。奥へ々々、凄いスピードで拙生の体は回転しながら宙を移動するのでありました。
 その間拙生に、もの凄い回転の圧力がかってくるのでありました。その圧力に拙生の意識が小さく圧縮されていって、何やら極小の塊に、いや、塊と云うモノでもない何かに、変貌したような気がするのでありました。これが恐らく、大酒呑太郎氏が云いていた、幽体、と云う状態になる事であろうと、圧縮された拙生の意識が悟るのでありました。
 当然、拙生の顔にも凄い圧力がかかり、我が顔は歪み拉げて、圧し潰されて仕舞うのでありました。体も同じに歪み拉げて圧し潰され、竟には拙生の仮の姿はその、幽体、から剥ぎ取られて、暗闇の中の何処かに吹き飛んで仕舞うのでありました。しかし痛みは全くないのでありました。寧ろ何やらさばさばした解放感すら覚えるのでありました。
 この後恐らく、幽体と化した拙生は娑婆に残っている拙生の体に降り戻って、その古小脳の中に入りこみ、ある種の酵素の働きで、人間が人間であるところの原始核たる、実存基幹根、に再び変換されて、目出度く娑婆に蘇ると云う按配なのでありましょう。
 ある瞬間に拙生の、圧縮されて極小の幽体となった意識も、竟には消えて仕舞うのでありました。その時に特段、エロチックな気持ち良さはないのでありました。まあ、娑婆に逆戻る場合の仮の姿から幽体に変化する時には、エロチックな気持ち良さが伴うとは、閻魔大王官からも聞いてはいなかったのでありますが、ちと残念なような残念でないような。
・・・・・・・・・
 ・・・で、ふと気がついて瞼を開くと拙生は狭い暗闇中に横たわっているのでありました。
(続)
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。