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もうじやのたわむれ 351 [もうじやのたわむれ 12 創作]

「そうです。で、またこちらにいらっしゃった折に、その記憶は復活します。ですから娑婆に居られる間に、あれこれ思い悩まれたりして、心変わりされるなんと云う事はないでしょうね。それにもし万が一、こちらに到着された後に心変わりがあったとしても、閻魔大王官の審理室にお越しいただいた折に、その旨を申し出ていただく事も出来ますし」
「ああ、そう云うものですか」
「それから、今度いらっしゃった時には閻魔庁の渡河船到着ロビーで、私か、若し私が都合が悪い場合は、この間の経緯をちゃんと承知した係官がこちらからすぐにお声かけして、疎漏のないようにその後をご案内いたしますので、亡者様にはどうぞご安心ください」
 補佐官筆頭は拙生に頼もしそうな笑顔を向けるのでありました。
「補佐官さんならもう見知った間柄ですから大丈夫でしょうが、若しも代理の方がお迎えにいらっしゃる場合は、私である事が一目で判るように、私の方で何か目印のようなものを身につけていなくても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。貴方様が再度娑婆にお娑婆ら、いや違った、おさらばされた時点で、こちらに瞬時にその情報が入りますし、亡者様が閻魔庁に到着されるまでの途中もこちらですっかり把握出来ますので、こちらの方で専一に万全に対処させていただきます。亡者様は何の煩いもなく、三途の川の船旅を満喫していただければそれで宜しいかと思います」
「そう云う事なら安心ですね。宜しくお願いいたします」
 拙生は補佐官筆頭にお辞儀して見せるのでありました。
 我々がそんな話をしていると、亀屋技官が父老の廃屋のような家を出てくるのが目の端に見えるのでありました。亀屋技官は、いやお待たせお待たせ、等と我々一亡者と三鬼に片手を挙げて云いながら、車の運転席に乗りこんでくるのでありました。
「何の話しを父老とされていたのでしょうか?」
 助手席に座っている補佐官筆頭が訊くのでありました。
「いや何、ちょっとしたプライベートな話しですよ」
 亀屋技官は補佐官筆頭のその質問をいなすような、無愛想なもの云いで返すのでありました。補佐官筆頭としても亀屋技官と父老がどんな話しをしていたのか、特に興味があるのではなくて、単なる愛想としてそう声をかけただけだったのでありましょうから、それ以上食い下がる気配は全く示さないのでありました。亀屋技官が車のイグニッションキーを回すと、車は生き返ったように低い唸りを発して、微振動を開始するのでありました。
 父老の屋敷から二十分程暮れかかった山の斜面の未舗装道路を、うねうねと右に左に曲がりながら走ると、車は雑木林の中に分け入るのでありました。木立の暗がりの隙間を縫いながら暫く行くと、急に目の前に峙った岩の断崖に行く手を阻まれるのでありました。
 亀屋技官に促されて我々は車を降りて、崖に沿って暫く歩いていると、入り口に正月の注連縄のようなものを飾った、人三人が並んで入れるような幅で、人の背丈の二倍ほどの高さの、・・・まあ、ここでの表現は、人、と云う事で良いでありましょうが、・・・兎に角、それくらいの大きさの洞窟が崖にぽっかり口を開けているのでありました。これが恐らく、娑婆とこちらの世との交通を可能ならしめるところの、黄泉比良坂の洞窟でありましょう。
(続)
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