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もうじやのたわむれ 338 [もうじやのたわむれ 12 創作]

 大酒呑太郎氏がそう云いながら補佐官筆頭を見るのでありました。
「それは重々判っておりますが、準娑婆省の鬼の方々が娑婆ばかりではなくて、困じ果てて、ちゃんとした手続きで救いの手を求めている我々にまで、不謹慎にもちょっかいをお出しになると云うのなら、我々も不本意ながらもそれに対抗せざるを得ないと云う事です」
 補佐官筆頭が毅然とそう正論を返すのでありましたが、これは前の出張の折、大酒呑太郎氏に自分がおちょくられた事への恨み言とも聞こえる言葉ではありました。
「それではまあ、前もって補佐官さんから連絡をいただいておりましたので、必要書類とか段取り等は亀屋技官がもう既にほぼ整えております。これから小一時間ほどしたら、早速黄泉比良坂へご出発していただきますが、どうぞ亡者さんには無事の娑婆へのご帰還を、草葉の陰よりお祈りいたしております。またいずれ準娑婆省にお越しになる折には、事情が許すなら、娑婆交流協会へもお立ち寄りください。大いに歓迎させていただきますよ」
 大岩会長はそう云って、拙生に愛想の笑顔を向けてから立ち上がるのでありました。
「ああどうも有難うございます。色々お世話をおかけします」
 拙生も立ち上がってお辞儀するのでありました。
「閻魔庁を代表いたしまして、この度のお骨折りを感謝いたします」
 これは補佐官筆頭が同じく立ち上がりながら云う言葉でありましたが、ほんの少し遅れて逸茂、発羅津両護衛官も椅子から腰を浮かすのでありました。
「補佐官さんは黄泉比良坂まで一緒に行っても無意味でしょうから、どうです、ここに残って、仕事を無事に終えて護衛官が戻って来るまで、私と俳句の話し等しませんか?」
 大酒呑太郎氏が補佐官筆頭に、存念の変更を促すようにそう水を向けるのでありました。
「いや、私も黄泉比良坂まで行って参りますよ。私の意気に於いて完璧に私の責任を全うしたいのでね。ひょっとしたら足手纏いになるかも知れませんがね」
 補佐官筆頭は大酒呑太郎氏の提案を、微塵の愛嬌もない顔をして退けるのでありました。
「ああそうですか。それは何とも仕事熱心な事ですなあ」
 大酒呑太郎氏は語調に多少の揶揄をこめて云うのでありました。まあ、補佐官筆頭が黄泉比良坂まで頑なに同行しようとするのは、大酒呑太郎氏と二鬼になって、またもや前のように、鬼の悪いおちょくりをされたら叶わないと云った思いからでありましょうか。
「ではこれにて」
 大岩会長が我々一亡者三鬼の顔を順に見て、夫々に律義に浅いお辞儀をして見せるのでありました。「こちらの用意が整い次第、亀屋技官がお迎えに上がります。それまではこちらの部屋で寛いでいてください。何のお構いもしませんで失礼いたしました」
 大岩会長がドアの方に向かうのでありました。そう云えば確かにお茶の一杯も出なかったなと、拙生はそんなさもしい事を考えながら、大岩会長、大酒呑太郎氏、林家彦六氏、最後に亀屋技官の順で、この部屋を出て行くその後姿を目で追いつつ思うのでありました。
 部屋に残った一亡者三鬼はまた椅子に腰を下ろすのでありました。
「下の建物の入り口に自動販売機がありましたから、コーヒーでも買ってきましょうか?」
 発羅津玄喜氏氏がすぐに椅子から腰を上げて云うのでありました。
(続)
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