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もうじやのたわむれ 332 [もうじやのたわむれ 12 創作]

 拙生はそう云って笑い顔を向けるのでありました。
「あそうですか。そちらの補佐官さんとは、前にこちらに出張で来られた折、趣味が同じと云う事で大いに打ち解けましてね、親しく言葉を交わす仲となりました」
 大酒呑太郎氏は補佐官筆頭に笑いかけるのでありました。親昵の仲であると云われた補佐官筆頭の方は、僅かに愛想で頬を弛ませるのではありましたが、全体としては一分の隙も見せるものかと云う、面皮の構えを崩さないでいるのでありました。
 大酒呑太郎氏は補佐官筆頭が、自分が思った程に打ち解けた表情を向けない事で、すぐにその手応えのなさの謂いを察したらしく、笑いの残滓を片頬に残しながら補佐官筆頭から目を背けると、拙生の方に改めて愛嬌のある笑いを投げるのでありました。
「ま、つまりそんなわけで、黄泉比良坂にある洞窟は正規の娑婆とこちらを繋ぐルートではなく、そこは云ってみれば一般に膾炙されていない秘密の裏道と云った按配で、準娑婆省の一部の鬼だけが秘かに通行出来るところのルートなのですよ」
「ああそうですか。そうすると我々亡者は、どのような正規のルートでこちらに来たのでしょうかね? 私の場合、気がついたら豪華客船に乗る行列に並んでいたと云う感じで、何処をどう通ってその行列に辿り着いたのか、さっぱり覚えていないのです」
「一般的に亡者さんは、と云うか向こうの生物一般は、死亡すると小脳の古小脳の中で秘かに生成される、幽体変換酵素、と云う酵素が肉体腐敗と同時進行で働き出して、これも古小脳の中に在る、人間が人間であるところの原始核たる、実存基幹根、と云う名前で呼ばれているものを、幽体と云う非物質に変換するのです。実存基幹根が幽体になると云うのは、要するに娑婆での自分の肉体から解放されると云う事ですが、そうなると、それはもう物質ではありませんから、娑婆に在る事は出来ませんので、一瞬の内に娑婆から掻き消えて異次元に移動するのです。その異次元、即ちそれがこちらの世の準娑婆省なのです」
「うーん、何やら小難しい話になってきましたなあ」
 拙生は腕組みをして首を傾げて口を尖らせるのでありました。「人間の小脳に実存基幹根とか、そこで生成される幽体変換酵素なんと云うものが、本当に在るのですか?」
「そうです。在るのです」
 大酒呑太郎氏は何度も頷きながら、確信に満ちた物腰で云うのでありました。「その二つは人間に限らず、あらゆる向こうの世の生命体の中に漏れなく在るのです」
「そんなもの向こうにいる時には家でも学校でも、聞いたり習ったりしませんでしたがね」
「それはそうです。大体は人間なんちゅうものは、自分の事が判っているようで、実はちっとも判っていない存在なのですから」
「それにしても、脳外科的にも脳科学的にも、それにひょっとしたら哲学的にも、そんなものが在ったなんて全く聞いた事がありませんでしたがね。それは向こうの医学なり科学なり、或いは哲学に於いて未発見のものなのでしょうかね?」
「そうですね。未発見と云うのか、まあ、永遠に発見される事はないでしょうが」
「しかしそれは古小脳に在ったり、古小脳で生成されたりするのですから、可視的な、或いは、俄には見えないとしても、実在証明可能な物質なのでしょう?」
(続)
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