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もうじやのたわむれ 330 [もうじやのたわむれ 11 創作]

「あれま、彦六さんは今度は本当に眠りこんだようですよ」
 大岩会長が俯いた彦六さんの顔を下から覗きこみながら云うのでありました。確かに微かながら寝息が、彦六さんの口か鼻から漏れているのが聞こえるのでありました。
「ええと、それから、大岩会長はもうすぐ鬼になれそうだと先程仰っておられましたが、準娑婆省では霊から鬼になる事が出来るのでしょうか?」
 拙生は一応彦六さんを起こさないように気を遣って、声の調子をやや落として大岩会長に訊くのでありました。別に起こさないように遠慮する必要はないのかも知れませんが。
「ま、鬼になれると云っても、それは名誉省鬼、と云う名前で呼ばれる事ですがね」
 大岩会長も少し声を落とすのでありました。
「名誉省鬼、ですか?」
「そうです。生物学的に鬼に変容するのではなくて、鬼、と云う身分を得て、鬼と同等の権利を省から付与されると云う按配です」
「では、実態としては霊の儘なのですね?」
「そうです。しかし自分は鬼であると誰憚る事なく明言して構わないのです」
「霊と鬼とでは矢張り、鬼の方が偉いのでしょうか?」
「そうです。鬼の方が身分が上です。それに鬼になったら、一定年齢に達すると終身の、鬼生年金が貰えますから安楽な老後を送れます」
「いやまあそれは、あくまでも準娑婆省さんの事情でして、地獄省の方では、鬼も霊も身分の上下はありませんし、就学とか就職とか結婚とかその他あらゆる社会的な営為に於いて、法的にも思想的にも全く平等でありまして、鬼と霊の間には何の差別も存在しません」
 これは横あいから補佐官筆頭が挟んだ口であります。「老後の年金も基本的に、自営業者は省霊年金とか省鬼年金、それから公務員は省家或いは地方の共済年金、給与所得者は厚生年金と云う制度が有って、就労中に収めた年金の額によって受け取る額に多少の差はありますが、制度としては一貫していて極めて明朗です。鬼と霊の間での差はありません」
「でも聞くところに依るとあれこれ、年金の問題はあるようですね、地獄省でも」
 大岩会長がシニカルな笑いを口元に湛えて茶々を入れるのでありました。
「それは確かに、全く理想的に制度が運用されているわけではないですが、しかし一貫した平等思想で貫かれておりますよ。地獄省には身分と云うものは存在しませんからね」
 補佐官筆頭が少し興奮した物腰でそう云い募るのでありました。
「まあ、地獄省と準娑婆省の年金制度の話しは置くとして、兎も角、大岩会長は鬼と云う身分を手に入れると云うだけで、生物学的に鬼に変容して仕舞うわけではないのですね?」
 拙生は話しが迂路に入るのはげんなりでありますから、話題を元に戻すのでありました。
「そう云う事です」
 大岩会長が拙生に頷いて見せるのでありました。「まあ、あたくし程の老鬼になると、この先子孫を残す事もありませんから、亡者の生まれ変わりとしての霊だとか、純生物学的な存在たる鬼であるとかの、そう云った新しい生命の誕生に纏わる法則とかメカニズムから、もう無関係な位相におりますので、名誉省鬼、と云う称号をいただけるのですよ」
(続)
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