SSブログ

もうじやのたわむれ 329 [もうじやのたわむれ 11 創作]

「いや、その、大岩会長は、聞いたところに依るとこちらに先祖代々居る鬼ではなくて、亡者のご出身だという事ですが、そうなら今の存在実態としては霊なのでしょうか?」
「そうですね。今のところあたくしは霊と云う事になります。もうすぐ準娑婆省の鬼になれそうですがね。そこに座っている林家彦六さんもそうです」
 大岩会長は羽織を着た和装の、すっかり老人のような風貌の、居眠りをしているみたいに眼を閉じて顔を俯けて、まんじりともしないで座っている仁を指差すのでありました。彦六さんは自分の事に話頭が向いたにも関わらず、別に何の反応も示す事なく、矢張り微動だにしないでいるところを見ると、どうやら本当に眠っているのでありましょうか。
「前は極楽省か地獄省にいらしたのですか?」
「そうです。極楽省におりました。ちょっと拠無い事情で準娑婆省に参りまして、その儘ずっと住みついて仕舞ったのです」
「拠無い事情、ですか?」
「その拠無さ、に関しては色々憚りがございまして、それ以上申し上げませんが」
「ああそうですか。それではまあ、一応私同様、嘗て閻魔大王官の審理を受けて、生まれ変わり地を極楽省に選んで、そこに住まわれていた霊だったと云う事ですね?」
「そうです。霊になった経緯は何も覚えておりませんが、歴とした霊です、今のところ」
「亡者の儘、準娑婆省に居残ったというのではないわけだ」
「それはそうです。亡者の儘だと仮の姿の耐用時間もありますからね。仮の姿の耐用時間が過ぎれば、亡者は石ころになって仕舞うのですから、そうなったら今こうして、娑婆交流協会の会長として、貴方さんとお話しなんか出来るわけがありませんからね」
 大岩会長はそう云って軽く握った掌の甲を口に当てて、ホホホと笑うのでありました。お婆ちゃんではあるものの、何となくその仕草が色っぽいのでありました。
「そこの彦六さんも極楽省からこちらに移り住まわれたのですか?」
 これは居眠っている彦六さんに問うても仕方がないと思って、大岩会長に訊いたのでありましたが、急に彦六さんの顔が上がるのでありました。
「な、・・・何を、云い、やがる。じ、・・・冗談じゃ、ねえや、・・・べらぼう、めえ。こちとら、も、・・・元、地獄っ子、でえ。・・・」
 これはどうやら、別に眠っていたのではなさそうであります。「ほ、・・・本人の、こたあ、本人に、訊くが良いじゃ、ねえか、てんだ。・・・」
「ああこれは、実にどうも、相済みません事でござんした。ひよっとして、お休みになっていらっしゃるのかと思いましたもんでげすから。へえ、どうも」
 拙生は頭を掻きながら愛想笑って謝るのでありましたが、この拙生の言葉つき、何やら昔、新宿とか上野とか浅草の寄席で時々お見かけした、娑婆にいらした落語家の三遊亭圓生師匠の口真似のようだと、喋りながら思うのでありました。
 彦六さんはそれだけ云うと、また目を閉じて顔を俯けて背を丸めて、すっかり動かなくなって仕舞うのでありました。大岩会長は、元は極楽省にいた霊で、彦六さんは地獄省から、矢張り何かしらの拠無い事情で、準娑婆省に移り住んだ霊と云う事のようであります。
(続)
nice!(5)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。