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もうじやのたわむれ 326 [もうじやのたわむれ 11 創作]

 補佐官筆頭が拙生の方に手を向けるのでありました。
「亡者は何処へ行っても歓待されるのですねえ」
「まあ、遥々こちらにいらしたのですし、これから先、こちらの世でご一緒に時を過ごすのですから、省に囚われない、こちらの世に既に住む我々の喜びの表現とお考えください」
 何とフレンドリーな事でありましょうか。
 暫く待っていると長椅子横のドアが開いてほとんどが白髪であるものの、しかし豊かな髪を結いあげて、頭頂に作った団子に銀の簪を挿した和服の、コロコロと太ったお婆ちゃんが入ってくるのでありました。屹度この人が、いや鬼が、いやいや、そろそろ鬼になる予定であるけれども今のところ未だ霊の儘かも知れない、大岩娑婆交流協会会長でありましょう。お婆ちゃんの姿を見てすぐに補佐官筆頭が長椅子から立ち上がるのでありました。
「ああこれは大岩会長」
 補佐官筆頭が横あいからそう声をかけるのでありました。
 大岩会長はかけられた声に一瞬驚いたような仕草をしたものの、しかし声の主が補佐官筆頭であることを認めると、ニコニコと愛想笑って補佐官筆頭の方に体ごと向き直って、握手の手を差し出すのでありました。補佐官筆頭がその手をすかさず握るのでありました。
「おやまあ閻魔庁の補佐官さん、お久しぶりですねえ。お元気でしたか?」
「いやどうも、暫くご無沙汰しておりました。ご健勝そうで何よりです」
 補佐官筆頭は大袈裟に、両手で握った大岩会長の手を上下にふるのでありました。
「またこの前と同じ用件でお越しになったと云う事ですね?」
「ええまあ、そうです。我が方の不手際で再三ご面倒をおかけして恐縮ですが」
「何の々々、大した手間でもありませんから」
 大岩会長は補佐官筆頭のふり動かす自分の手の振動に、発声を邪魔されるのが億劫そうな気配を笑顔に多少加味して、しかし努めて無愛想にならない語調で返すのでありました。
「そう云っていただくと気が楽になります。こうなっては大岩会長だけが頼りですから」
 補佐官筆頭は余計大きな振幅で握手の手をふり動かすのでありました。
「その後ろでニヤニヤ笑いながら、あたくしと補佐官さんの握手する様を見ておられる方が、今回、娑婆の方にお帰りになる事になった気の毒な亡者さんですか?」
 大岩会長が自分の手が捥げる事を恐れてか、少し強引な仕草で補佐官筆頭の手中から掌を脱出させた後、その掌を宙でブラブラとふって握り固められた痛さをふり落しながら、補佐官筆頭の肩越しに拙生の方に視線を向けるのでありました。
「どうも初めまして。ご推察の通り、私がその気の毒な亡者です」
 下げた拙生の頭は間に立っている補佐官筆頭の体の陰に隠れて、大岩会長からは見えないだろうと思いながらも、拙生は深めにお辞儀をするのでありました。
「いやまあ、この度はとんだ事でございました。さぞお力落としの事でございましょう」
 大岩会長は同情に堪えないと云った憂い顔で、しめやかにそう云って、その後に瞑目合掌して拙生にお辞儀を返すのでありました。当然下げられた大岩会長の頭は、間に立っている補佐官筆頭の体の向こう側に隠れて仕舞うのでありました。
(続)
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