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もうじやのたわむれ 300 [もうじやのたわむれ 10 創作]

「何やらワシの迂闊さから、不測の事態が出来したようじゃな」
 閻魔大王官が補佐官筆頭に声をかけるのでありました。
「ええまあ。・・・」
 補佐官筆頭は閻魔大王官の権威の手前、どうこの事態を知らせて良いのか困った、と云う様な困惑の表情を作って見せるのでありました。
「何でもこの亡者殿に聞いた話しに依ると、ワシの不手際で書類が箱から落ちて仕舞うて、亡者殿に娑婆の方に戻って貰う事になったとか」
「ええまあ。それをお聞き及びでしたら、つまり、そのようになったわけで。・・・」
「そんならそうと、遠慮せずにさっきワシに云えば良かったものを」
「いや、それは余りに畏れ多い事で、そんな勇気は私にはとてもありませんですから。・・・」
 補佐官筆頭は眉間に気後れの縦皺を刻んで俯くのでありました。
「何じゃったら、ワシがこれからもう一度、書類を箱に入れ直そうかえ?」
 この閻魔大王官の言葉に補佐官筆頭は一瞬表情を失って、大王官を点と化した目で眺めるのでありました。一方拙生の方はと云うと、唖然として大きく口をおっ広げて、閻魔大王官の目を睨むのでありました。先程は拙生が娑婆へ逆戻る事を是認するような口ぶりであったのに、この期に及んで、舌の根も乾かない内に、補佐官筆頭にあっさりそんな提案をするのは、背信と云うものではありませんか。拙生は大いに内心焦るのでありました。
「そうして頂けるのなら、それに越した事は、ありませんが。・・・」
 補佐官筆頭は喜色と憂色を、未だ夫々の色が仄かに識別出来る程度に混ぜあわせたと云うような、妙に複雑な表情になるのでありました。補佐官筆頭の思いとしては、今までてんやわんやで事後処理に奔走して、ようやく何とか算段をつけたと云うのに、それがすっかり無駄になる事への虚脱感を覚える一方で、若しもそうしてくれるのなら、億劫でげんなりするようなこの先に待つ仕事からは免れると云う点で、歓迎すべき提案ではあると云うところなのでありましょう。ま、そう云う気持ちは判るような気がするのであります。
「どうれ、裁決書類をワシに渡しておくれ」
 閻魔大王官は補佐官筆頭の方に手を差し出すのでありました。補佐官筆頭は何となく躊躇いがちな動作ながら、書類を閻魔大王官の手に渡すのでありました。
「それではこの書類をば、・・・」
 閻魔大王官は先程と同じように腕をクレーンのように動かして、地獄行きと書いてある箱の上に書類を翳すのでありました。それからじゃんけんのパーをするように五指を開くのは前と同じでありましたが、書類が箱に落ちる前に、大口を開いて実にタイミング良く大袈裟な嚏をするのでありました。すると未だ空中にある書類は、まるで驚いて身を捩ってその嚏を避けるように横に舞い、拙生の方に飛んできて床に落ちるのでありました。
 補佐官筆頭が驚嘆の悲鳴を上げるのでありました。
「な、な、何を、なさるので!」
 閻魔大王官は、目玉をひん剥いて大口を開けた補佐官筆頭の顔を見上げながら、テーハハハハーと、義太夫語りのような大笑をして見せるのでありました。
(続)
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