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もうじやのたわむれ 290 [もうじやのたわむれ 10 創作]

「ああそうですか」
 拙生は無表情にそう云いながら頷くのでありました。
「お手前は結構クールなようじゃが、亡者殿の中にはここがこちらの世に生まれ変わる切所であるとか云う、何かこう、張りつめた気分になっておる御仁もおってのう」
 閻魔大王官はそう云いつつ苦笑うのでありました。「あんまりあっさりと、こちらがボールペンか何かで事務仕事みたいに無精に丸をつけたりすると、拍子抜けして仕舞うらしいのじゃよ。或るタイプの亡者殿なんぞは、そんなに軽々しく自分のこちらの世での生まれ変わり地決定を扱ってくれるなと、突然怒り出す場合もあって、まあそれで一応、無意味なようでもこうして筆で仰々しく丸をつけておるのじゃ。ワシ等のこの如何にも儀式張った服装にしてもじゃな、一部の亡者殿の気分を無用に害して怒らせないようにとの、云ってみれば転ばぬ先の杖的な、厳粛で重々しい雰囲気作り、と云った意味あいもあるわいの」
「色んな亡者がいて、閻魔大王官さんと云うお仕事もなかなか大変ですねえ」
 拙生は同情して見せるのでありました。
「いやそう云っていただくと、実に有難い限りですわい」
 閻魔大王官は筆を置くと、丸印しをつけた裁決用紙の確認を求めるためか、拙生の方にそれを静かに押し遣るのでありました。「これで間違いないかのう?」
 拙生は目を落として、邪馬台郡、と印刷してある文字を、お世辞にもあんまり端正とは云えない墨丸で、不細工に囲んである裁決用紙に目を近づけるのでありました。
「・・・ええと、はい。確かに」
「間違いないならこれを、地獄行き、極楽行き、その他地域行き、再審理の四つの箱の中の、地獄行きの箱にワシがこれから入れるから、ちゃんとその目で確認しておくれ」
「はい判りました」
 拙生は大袈裟に何度か瞬きして目の翳みを除去する仕草をしてから、目玉を剥いて顔をやや前に突き出して、閻魔大王官が摘みあげた裁決用紙を凝視するのでありました。
「ほんじゃあ、入れまするぞい」
 閻魔大王官はクレーンみたいに腕を動かして、地獄行きと書いてある箱の上に紙を移動させると、徐にじゃんけんのパーをするように五指を開くのでありました。紙はハラリと一回翻って箱の中に落ちるのでありましたが、綺麗に重ねたのではないから、縁が箱から少しはみ出すのでありました。拙生は入ったのを見届けて拍手するのでありました。
「これで私の生まれ変わり地決定の事務処理は、目出度く完了したと云う按配ですね?」
「はいな。どうもご苦労さんでありましたなあ」
 閻魔大王官がそう云って拙生に拍手を返すと、後ろに立っている補佐の五官も、いや、娑婆に居るカカアが拙生の頭の中に現れたと云う、夢だったのか何だったのかかよく判らない現象の件で、先程亡者生理研究所の方に報告に走った若手の一鬼を除く四官も、目出度い目出度い、なんぞと互いに云い交わしながら一斉に拍手をするのでありました。拙生も何となく同調して拍手をまた再開して、審理室に居る全員が笑顔で掌を打ち鳴らしているのでありますから、これは実に以って目出度い仕儀と云うべきものでありましょうかな。
(続)
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