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もうじやのたわむれ 289 [もうじやのたわむれ 10 創作]

 拙生は補佐官筆頭に許諾の笑みを返すのでありました。
「さて、それでぼちぼち、お手前の質問も尽きたかのう?」
 閻魔大王官が拙生の顔を覗きこみながら訊くのでありました。
「そうですねえ、未だ何かあったかも知れませんが、めぼしい質問はそのくらいでしょうかねえ。尤も、私は粗忽者ですから魂魄になる寸前に、何か急に思い出すかも知れませんが、ま、しかし、私の質問なんてえものは、大体からして重大なものは一つもありませんから、例え急に思い出したとしても、そんなに口惜しがる事もないと思いますよ。娑婆時代から私は、あっさりしてはいけない場合でも、至ってあっさりしておりましたからねえ」
「ああそうかいの、はいはい」
 閻魔大王官が如何にもぞんざいにそんな相の手をいれるのは、文机の上に載っている幾枚かの書類の中から、拙生の生まれ変わり地決定の裁決書類を見つけ出そうとしているためでありました。老眼が進んでいるためか閻魔大王官は書類を一々手に取っては、それを自分の目から少し遠ざけながら、白髭の隙間から覗く下唇をグッと前に突き出して、眉間に皺を寄せて凝視しては脇に置く、なんと云う動作を何度か繰り返すのでありました。
「おお、あったあった。これじゃこれじゃ」
 閻魔大王官はようやく見つけ出した裁決書類を掲げて、ニンマリと笑いながら人差し指で軽く弾いて見せるのでありました。「肝心なものはいつも最後に現れよるわい」
「いよいよ、生まれ変わり地の決定版を、これから申告するのですね?」
 拙生は空気を察して自分から云うのでありました。
「はいな。そう云うこっちゃわい」
 閻魔大王官は徐に毛筆を取り上げて、文机の傍らに載っている硯の墨受けに筆先を浸しながら、真正面から拙生を見るのでありました。それから無表情に、何も云わないでその儘の体勢でこちらを窺っているのは、拙生が生まれ変わり地を申告すれば間髪を容れずに、それを裁決用紙に書き記すための用意のようであります。
「それでは僭越ながら、私の希望生まれ変わり地をこれから申告させていただきます」
 拙生はそう云ってお辞儀の後に咳払いを一つして、格式ばって姿勢を正すのでありました。「ええと、地獄省の邪馬台郡、なんと云う処で一つ宜しくお願いします」
「はいな。そうじゃろうとは思うておったがのう。ええと、・・・邪馬台郡、・・・ね」
 閻魔大王官はそう云いつつ筆先を裁決用紙に置くのでありましたが、別に、邪馬台郡、と記識するのではなくて、用紙に予め印刷してある生まれ変わり地名を丸で囲むだけなのでありました。それだけなら別に大袈裟に毛筆を使わずとも、ボールペンで充分だろうと思うのでありましたが、そこは閻魔庁と云う役所の伝統的な風習か何かで、毛筆を使うべしとしてあるのであろうと、閻魔大王官の筆先の動きを見ながら推察するのでありました。
「丸をつけるだけなのに態々筆を使う事もなかろうと、そう思うておられるようじゃな?」
 閻魔大王官が拙生の眼差しの色を察知して、上目遣いしながら云うのでありました。
「いや、別に」
「なあに、こうして仰々しく体裁ぶる方が、無粋なようでも亡者殿には喜ばれるのじゃよ」
(続)
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