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もうじやのたわむれ 268 [もうじやのたわむれ 9 創作]

 三十五番審理室前のソファには誰も座っていないのでありました。拙生は三人がけのソファの真ん中に座ってから、先程のアンケートを書こうとするのでありましたが、紙が薄いものだから下に敷く台紙か何かないものかと辺りを見回すと、ソファ横のサイドテーブルの上に黒い厚紙のA四判サイズの、クリップつきの台紙が置いてあるのでありました。
 勿論これはアンケート記述のために設置してあるのでありましょう。最初の審理を待っていた時には、サイドテーブルは目に入ったのでありましたが、後にアンケートを書くなんと云う事を知りしもしなかったので、この台紙には注意が向かなかったのでありました。
 拙生は台紙を取ってきて用紙の天をクリップに挟んで、アンケート用紙を書き始めるのでありました。殆どが、大変良い、良い、普通、悪い、大変悪い、と云う五つの選択肢から選ぶものでありましたが、偶に、例えば、カフェテリアの朝食に追加して貰いたい料理は何かありますか、なんと云う記述式の応答を要求する質問があるのでありました。
 カフェテリア黄泉路の朝食メニューに関しては、あれ以上の料理のレパートリーは必要ないかと思うのでありましたが、しかし何も書かないのは愛想がないので、麦御飯、とか何とか書き入れるのでありました。いやひょっとしたら麦御飯もあったのかも知れないと思い直して、その横に、なめこ汁、と云うのも書くのでありましたが、いやこれも、あれだけ多種多様な、娑婆の各国料理が揃えてあったのだから、実はあったのかも知れません。
 そう思ってまたその横に、挽き肉とキャベツと玉ねぎの微塵切りを混ぜあわせて油で炒めて、塩と胡椒とラー油で味つけして少量の片栗粉で纏めた具の入った焼き餃子、なんと云う嫌に具体的な料理を書き足すのでありました。実はこれは拙生が子供時分に、娑婆の実家で作っていた餃子でありました。時にこれをオムレツの具にする場合もありましたか。
 それから子供時分と云う事で思い出して、ミルクセーキ、と云うのも書き加えるのでありました。でも只単に、ミルクセーキ、とだけ書いても、拙生が子供の時分に食していたミルクセーキと同じものを想像出来ないであろうと考えて、近所の氷屋で買ったかき氷に全卵と砂糖と練乳を適量加えて、少し泡立つ程度までかき混ぜて深めのグラスに盛ったもの、但しストローでは最初は吸い上げ辛いので、柄の長い小ぶりのスプーンも一緒につけた方が無難である、なんと云うお節介な事まで、括弧つきで書き入れるのでありました。
 因みにこのタイプのミルクセーキは、拙生が子供時分の佐世保ではごく一般的なもので、街中の喫茶店なんかでもこれとほぼ同じものが出されておりましたなあ。軽い風味にするなら練乳を少な目に、濃厚な風味にするなら大目にすると良いであります。
 それから佐世保繋がりで、トルコライス、とも書き加えるのでありました。しかしこれはドライカレーとケチャップ塗しのスパゲティと、豚カツレツと野菜を一枚の皿に盛りつけて、豚カツレツにドミグラスソースをかけるだけでありますから、作ろうと思えば今のカフェテリアの料理でも再現可能でありますか。それなら態々ここに書くのも間抜けかと思って、拙生は、トルコライス、と書いた文字の上に取り消し線を引くのでありました。
 こんな風な事をあれこれ記していたものだから、アンケート用紙の空欄までもが、不揃いの文字で汚く埋め尽くされるのでありました。これを懇切丁寧な解答と見るか、それとも一瞥でげんなりして脇に放って仕舞うかは、担当の鬼の性格に因るでありましょうなあ。
(続)
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