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もうじやのたわむれ 260 [もうじやのたわむれ 9 創作]

「ちゃんと焼けば大丈夫だったのよ。いい加減の生焼けなんか食べるからこうなったのよ。大体する事が何にしても横着なんだから」
「まあまあまあ」
 拙生は両掌を見せてカカアのそれ以上の言葉を遮るのでありました。これを切っかけに繰り言が始まって仕舞うと、元も子もないのであります。
「ま、もう済んだ事だから今更云っても仕方がないけどさ」
 カカアは意外にも、自らそれ以上の言葉を抑えるのでありました。娑婆にいた時にせめてこのくらいのしおらしさがカカアにあったなら、向うでやってきた数々の喧嘩の何分の一かはしなくて済んだものを等と、拙生は手前勝手に考えるのでありました。
「俺が居なくなってもう大分時間が経ったから、少しは落ち着いたか?」
「未だそんなに時間が経ってなんかいないわよ」
「いや、今俺は閻魔大王官の審理中という状態なんだから、娑婆の方ではもう、三十五日が経ったと云う事じゃないのか?」
「何云ってるの。未だお葬式の最中よ」
「ん、未だ葬式の最中?」
 拙生は少し考えこむのでありました。冥土では三十五日目が閻魔大王のお裁きと確か娑婆時代に『往生要集』の解説書か何かで読んだ記憶があるのでありますが。
「今はお坊さんの読経中で、あたしアナタが病院へ担ぎ込まれて以来、てんやわんやで寝てないもんだから、ちょっとうとうとしたの。そうしたら何故かここに来ちゃったのよ」
「あれま、そうなのかい。・・・」
 拙生は葬儀の途中までは記憶があるのでありました。棺桶の隙間から、自分の葬儀の次第を覗き見していたのでありますから。
 大袈裟に泣くヤツ、しめやかに俯くヤツ、大袈裟に泣き且つしめやかに俯きながら、退屈そうな欠伸を堪えているヤツ、堪えるならまだしも、憚りもなく欠伸の大口をおっ広げる無神経なヤツ、隣同士でひそひそと私語を交わして、時々二人して卑俗な笑いを漏らす不謹慎なヤツ、斜め前に偶々座った喪服の美人をちらちら覗き見する胡散臭いヤツ、きょろきょろと献花の数や祭壇の様子を見回して、一体この葬儀は幾らくらい金がかかっているのかと検分している無粋なヤツ、何故か坊主の後頭部を一心に睨みつけているヤツ等々、様々な会葬者達の表情や居住まいを見ながら、拙生は結構楽しんでいたのでありました。
 しかし確か、何度目だったか坊主の叩く鐘がゴンと鳴ったタイミングで、拙生の視界は急にまっ暗闇になるのでありました。その後意識が、いやまあ、亡者の意識、と云うのも何やら妙な話しでありますが、兎に角、渦巻に吸い込まれていくように、急激に遠のくのでありました。それが屹度、拙生が現し世から離れた瞬間でありましょう。そうしてふと気がついたら、拙生は港に浮かぶ豪華客船に乗りこむ行列に並んでいたのでありました。
 こちらの世と娑婆とでは、流れる時間に差があるのでありましょうか。拙生はこちらで思い悩みの三日間を過ごしたというのに、娑婆の方では未だ拙生の葬儀の最中だと云うのであります。この時間のずれは閻魔大王官も誰も、話してはくれなかったのでありました。
(続)
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