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もうじやのたわむれ 256 [もうじやのたわむれ 9 創作]

 拙生は久しぶりにお姉さんと大いに言葉を交わすのでありました。お姉さんとはこのところずっと何となく疎遠になっていた事だし、拙生は屈託なく自然な感じで会話等が出来るだろうかと、実は内ひどく気後れしていたのでありましたが、お姉さんの方がこの、拠無い、機会を大いに嬉しがってくれて、拙生に学校の勉強の事やらクラブ活動の事等を、会話が滞らないように気を遣って、自分の方から色々訊ねてくれるのでありました。
 お姉さんとの会話が悲観的な予想に反してえらく快調である事に、加えて隣家でよばれる夕食が新鮮だと云う事もあって、拙生の気分は大いに高揚するのでありました。結構長い時間的な隔たりが間に入っても、こうしてあっさり、前の気さくな関係を取り戻せた事が、拙生は嬉しくて仕方がないのでありました。勿論これは、お姉さんの方の一方的な気遣いに依るものでありましたし、その分お姉さんは拙生より確かに大人なのでありました。
 夕食後には、お姉さんの部屋で二人してトランプなんかもして遊ぶのでありました。その時はすっかり、子供時分の懐かしい二人に戻っているのでありました。拙生は大いに喋り、お姉さんに大いに甘えるのでありました。拙生には至福の一週間でありました。
 しかしその一週間が瞬く間に過ぎて、元の隣家の中学生と高校生に返って仕舞うと、拙生は急にまた、お姉さんに対して陰鬱な顔しか見せられない、挨拶も碌にしない無愛想な中学生に忽ち戻っているのでありました。どうしてそうなるのか、拙生は自分でも良く判らないのでありました。折角以前の楽しい二人の関係が復活したはずなのに、そしてそれが拙生は大いに嬉しかったくせに、その感奮を自ら台なしにして一人勝手に落胆しているのであります。拙生は自分でこの依怙地で小難しい自分の心理を持て余すのでありました。
 拙生が中学三年生の時、お姉さんは亡くなるのでありました。元々心臓に重大な疾患を抱えていて、それが原因で肺の機能不全を引き起こして、竟に帰らぬ人となったのでありました。突然の訃報に接して、拙生は驚愕して暫く身動きが叶わなくなるのでありました。
 結局また子供の頃の親しい二人の間柄に戻れない儘、お姉さんは永遠に拙生の傍からいなくなって仕舞ったのであります。無念でありました。それに申しわけなくもありました。拙生は笑顔の一つもお姉さんに、結局その後見せる事も出来なかったのでありました。それはお姉さんの笑顔も、竟に再び拙生は見る事が出来なかったと云う事でありました。
 ・・・ええと、で、楚々野淑美さんは、そのお姉さんに面差しとか雰囲気が似ていたように思うのであります。ひょっとしたらひょっとして、楚々野淑美さんはあのお姉さんの、こちらの世での生まれ変わりなのではないでしょうか。お姉さんが向うの世を去ってから数十年が経っているのでありますから、今まで聞いてきた事で想像するところの、こちらの世での年齢とその容姿の兼ねあいとかから推察しても、そう云う可能性は充分考えられるのであります。拙生はそう思うと、心の中にざわざわ騒ぐものを覚えるのでありました。
 いやしかし、楚々野淑美さんは確か霊ではなくて鬼の筈であります。鬼は向うの人間の生まれ変わりではないのでありますから、つまりこの拙生の推測の成立する余地は毛程もないと云う事になります。拙生の心の中のざわつきが、急に止むのでありました。
 拙生は日本酒を一口飲むのでありました。娑婆にいた頃は殆ど思い出しもしなかったお姉さんの面影ではありましたが、亡者になってから思い出すとは、因果な事でありますか。
(続)
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