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もうじやのたわむれ 246 [もうじやのたわむれ 9 創作]

「ああこれはどうも」
 拙生は自分の猪口に残っていた中の日本酒を空けてから、その前に差し出すのでありました。何となく淑美さんにお酌して貰うのが気恥ずかしくて、猪口を支える人差し指と親指の、両指の力のバランスが取れないような感じがするのでありました。
「つかぬ事を唐突にお伺いするようですが、向うに残しておいでになった奥様は、あたしと似た方でしたのでしょうか?」
 淑美さんが酒を注ぎながら拙生に訊くのでありました。
「いや、全然似ていませんでしたね」
「どのような方だったのでしょう?」
「貴方のように長身でもありませんでしたし、どちらかと云うとチビな方で、髪も短かったし指も貴方のように長くはなかったですね。目は大きくて口はまあ小さい方でしたが、しかしその口てえものがですね、一旦開くと、これが矢鱈に煩いのなんの。止め処なく私にケチをつける厄介この上もない口でした。今思い出しただけでももげんなりしてきます」
「そうすると見た感じは、可愛らしいタイプの方だったのでしょうか?」
「ええまあ、知りあった初めの頃はね。しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だったようで、結婚した途端に、見事に正体を表しました」
 拙生は軽く身震いをして見せるのでありました。
「例えばどんな事に口煩かったのでしょう?」
「万事に、です。私のやる事為す事総てが一々気に入らないのでしょうね。ま、云われている内に総て向うに理があるような気もしてくるのですが、それがまたこちらとしては余計癪に障るわけです。いつかギャフンと云わせてやりたいものだと狙っていたのですが、その念願を竟に果たさずに、私は娑婆にお娑婆ら、いやおさらばして仕舞ったのです」
「でも、こちらにいらっしゃるまで、向うではずっと夫婦でいらしたのでしょう?」
「ええまあ、不覚にも、と云うべきか、確かにそうでしたがね」
「そんな風に大袈裟に恐妻家を気取る方に限って、実は愛妻家だと云う事もありますし」
 淑美さんが拙生の心根を見透かしたような顔をして云うのでありました。
「いや、私に限っては、これは韜晦の言葉等ではありません」
「要するに奥様は、しっかり者だった、と云う事ですよね、屹度?」
「世間ではそう云う風に云われたり見られたりしていたわけですが、私としてはそれだけでは何かしっくりいかなくて、最重要なカカアの本性の一つを見逃しているように思えてなりませんでしたな。寡黙なしっかり者、と云うのもあって良い筈ですから」
「でもそんな風に仰っていても、結局向うの世では添い遂げられたわけですから、まあ、ひょっとして確かに、奥様に口煩い面はお有りだったかも知れませんけど、それが決定的な欠点だとは見做されていなかったと云う事でしょう、つまり?」
「うかうかしている内に添い遂げて仕舞ったのですよ!」
 拙生は未だ減らず口をたたいているのでありました。「ま、どなたかに夢中になっている最中の方とこんな事をお喋りするのは、無神経なようで気後れして仕舞いますけど」
(続)
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