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もうじやのたわむれ 245 [もうじやのたわむれ 9 創作]

「いや私は別に悔しくなんぞはありませんよ」
 拙生はそう云って小さな咳払いを一つするのでありました。
「ダメよおじさま、亡者のくせに鬼にちょっかいを出そうとしても。しかももう、彼氏のいる鬼になんか絶対にダメ。そんなの有り得ないんだからね」
「重々承知しております。こう見えても私は弁えのある亡者でして」
「本当? ならいいけどさ」
「いやね、この淑美さんが私の好みにピッタリな方でして、それで竟々、淑美さんの彼氏に少しの嫉妬を覚えたのは、まあ、事実です。しかし私は明日閻魔大王官の二回目の審理を終えると、もう亡者ではなくなって、こちらに霊として生まれ変わる事になっているようですから、今日淑美さんに惚れても、それは儚い思いだと云う事になります。霊として生まれ変わった後は、閻魔庁でのあれこれは記憶として蘇らないと云う事でもありますし」
「でも今日の内に淑美をなんとかしよう、なんて考えてるって事もあるかも」
 藍教亜留代さんが未だ疑わしげな上目で拙生を見るのでありました。
「いやいや、そんな無粋な事はしませんし、そんな元気も勇気も今の私にはありませんよ」
「因みに、これは敢えて云う必要もない事かも知れませんが一応申しておけば、亡者様の身体には性的機能は備わっておりません」
 今まで黙っていた逸茂厳記氏が、唐突に拙生にそんな事を云うのでありました。
「ああそうですか。一応承っておきますよ」
 拙生は如何にも思いもよらない、全く不必要な助言であると云う調子で、苦笑して見せるのでありました。特段の悪心は一切、誓って抱いてはいないのでありましたが、しかし実は内心、まあ一般的な意味で、残念なような寂しいような気も多少しない事もないのでありました。ふと拙生の頭の中に、今はもう小便だけの道具哉、なんと云う娑婆時代に寄席で聞いた老人臭い川柳がぼんやり現れるのでありました。いやしかしところで改めて考えてみると、亡者となって以来、拙生はその小便すらもした記憶がないのでありました。
 拙生がこれまでさんざん飲み食いした物は、それが物質である以上、雲消霧散して仕舞う事はなく、結果的に何か他のもの、つまり尾籠な話ながら、小便や大便等に一般的には変換されなければならない筈であります。若し大小便に変換されないとしても何か別の物、或いは其の儘の状態で、こちらの世に霊として生まれ変わるまでの亡者としての仮の姿ではあるにしろ、必ず我がこの体内に残存している筈であります。何時までも際限なくこの有限な体内にそれを多量に溜めこんでいるなんと云う事は、実態として出来ない相談でありましょうから、それは適当な時期に必ず体外に排出されなければならない筈であります。
 この辺の仕組みは、一体どう云う按配になっているのでありましょうや。この点も亡者には物質代謝が必要ないと云う事に関連した疑問として、閻魔大王官に質さなければならない事のようでありますが、何やらこれまでに色々な疑問が湧き出てきたのでありますが、宿泊施設に帰ったら、箇条書きにでもして整理してみなくてはならないでありましょう。
「もうお一つ、如何でしょう?」
 楚々野淑美さんが拙生の顔の前に、日本酒の徳利をささげてみせるにでありました。
(続)
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