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もうじやのたわむれ 242 [もうじやのたわむれ 9 創作]

「あたしも知ってる鬼?」
 志柔エミさんが楚々野淑美さんの解答拒否を無視して尚も身を乗り出すのでありました。
「エミは知らないと思うよ」
 藍教亜留代さんが淑美さんの代わりに応えるのでありました。
「同僚の人、会社の?」
「そうじゃなくて、高校生の頃の同級生」
 これも藍教亜留代さんの代言であります。
「ふうん、そうなんだ。ちっとも知らなかった」
 エミさんが何度か頷きながら、乗り出していた身を椅子の背凭れに引くのでありました。
「そんじゃあ淑美さん、その鬼の事を思いながら、一曲どうぞ」
 発羅津玄喜氏がそう云いながら歌詞集を淑美さんに渡すのでありました。楚々野淑美さんはそれを、思わず弾みで、と云った感じで受と取って仕舞うのでありました。
「あたし歌が下手だからなあ」
 淑美さんはそう云いながらも、膝の上に置いた歌詞集を捲るのでありました。その俯いた横顔の輪郭や、歌詞集の頁上を流す目の動きや、それに前に落ちかかる髪の毛をこめかみ辺りで指で止めている仕草なんぞが、すぐ横で見ていて妙に色っぽいのでありました。こんな婀娜な女性は、娑婆でもあまりお目にかかった事がないと拙生は思うのでありました。自分が亡者である事も忘れて、この女性から電話番号を聞き出すのに何か上手い秘策はないであろうか等と、拙生は実に不謹慎にも思わず考えを廻らしているのでありました。
 しかし淑美さんには思いを寄せる男性が既にいると云う事でありますから、これは徒な了見と云う事になります。実に以って残念至極であります。
 まあ尤も、徒な、と云う事で云えば、自分がこちらに未だ生まれ変わっていない亡者である事が、正に絶望的に決定的に徒ではありますか。しかしまあ、拙生が亡者ではなくて既にこちらに生まれ変わった霊であったとしても、淑美さんとはあまりに歳が離れ過ぎているので、この拙生のスケベ根性が成就する確率はかなり低いと云うものであります。拙生はそんな事をあれこれ考えながら、淑美さんの横顔に見蕩れているのでありました。
「あれ、おじさまが淑美に見蕩れている」
 拙生のスケベ根性を、迂闊にも藍教亜留代さんに見透かされるのでありました。
「いや、これはどうも、面目ない」
 拙生は慌てて淑美さんの横顔から目を離して、改めて拙生を正面から見る淑美さんに、愛想笑いながら頭を掻いて見せるのでありました。「娑婆でも、こんなに綺麗な人は見た事がなかった、なあんと思いましてね、竟々うっとりして仕舞ったのです」
 拙生がそう云うと、淑美さんが恥ずかしそうに拙生から目を逸らすのでありました。特段、天敵を見るような険しさがその表情に出ていないところを見ると、案外これは、少しは目があるのではないか等と、拙生は未だ性懲りもなく考えて仕舞うのでありました。
「ところで、今ちょっと思ったのですが、こちらでは鬼と霊の結婚は可能なのでしょうか?」
 拙生は体裁をとりつくろう意味もあって、そんな事を逸茂厳記氏に訊くのでありました。
(続)
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