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もうじやのたわむれ 241 [もうじやのたわむれ 9 創作]

 発羅津玄喜氏がそう話しを広げるのでありました。それは先に審問官か記録官から聞いた無頼派とは違う連中なのでありましょうか。前に聞いた話しでは、蘇った娑婆時代の記憶と、現在のこちらの世に生まれ変わった自分との二律背反の、実際は成立するはずのない苦悩を、全く技巧的に描いた一連の作家連中の事を無頼派と呼ぶと云う事でありましたが。・・・まあしかし兎も角、その拙生の疑問はこの際どうでも良いとして。
「まあ要するに、何となく昔の文学青年みたいな男が好きなのかなと訊こうとしたのです」
 拙生は楚々野淑美さんに云うのでありました。
「いえ、あたしはあんまり心の複雑な方は好みません」
「じゃあ、考えるよりも行動が先に立つタイプがお好きなのでしょうかな?」
「そう云う方もちょっと一緒に居て疲れそうで、どちらかと云うと苦手です」
「先の文学青年みたいじゃないけれど、無口でクールなタイプの男でしょうかな?」
「冷たい印象の方はダメですね」
「何時もニコニコしていて無愛想ではなくて、それでいて物静かで、しかも不健康なイメージのない、腕っ節はそれ程強くなくても良い男?」
「あたしはお喋りが得意じゃないから、あんまり物静かと云うのも、・・・」
 楚々野淑美さんの好みの男のタイプは、なかなかイメージするのが難しいようであります。しかし拙生はふと、こう云う、こちらが提示する男の類型に対して、総てに満足しないような解答をする女性の現在心理に思い至るのでありました。いや、思い至るとは云っても、本当にそれが当っているのかどうかは自信ないのでありましたが。
「ひょっとして、今現在、思いを寄せている特定の方が実際におられるのですかな?」
 拙生が云うと楚々野淑美さんのそれまで拙生の顔を見ていた目が、ほんの少したじろぐように動揺して一瞬逸れるのでありました。「その実在のお方のお姿が、実在の方である以上色んな面を持っておられて、私が先程から提示している一個の典型には当然綺麗に当て嵌まらないものだから、そう云う風に明確な肯定が出来ないでいると云う事でしょうか?」
「おじさま、鋭い!」
 藍教亜留代さんが大袈裟にパチンと指を鳴らして、その後拙生を指差すのでありました。「淑美は今、ある鬼に夢中なの。目下のところその鬼以外目に入らないのよ」
「ああ矢張りそうなんだ」
 拙生は目を細めて改めて楚々野淑美さんの顔を見遣るのでありました。淑美さんはその拙生の視線をおどおどと避けて、横を向くのでありました。
「流石に、観察眼がお年寄りだけの事はあるわね。亀の甲より歳の功、ね」
 藍教亜留代さんが聞き様に依っては拙生に対して失礼千万な言葉を、あっけらかんとした口調で口走るものだから、拙生は思わず苦笑するのでありました。
「何、誰なの、その鬼って?」
 今まで黙っていた志柔エミさんが身を乗り出すのでありました。
「もういいわよその事は」
 楚々野淑美さんが些かげんなりしたように、億劫そうに掌を横にふるのでありました。
(続)
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