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もうじやのたわむれ 220 [もうじやのたわむれ 8 創作]

 寝覚めのシャワーを浴びて着替えを済ませると、拙生は昨夜飲んだビールの空き缶をドレッサー脇のごみ入れに棄て、ドレッサーの上に置いていた観光絵地図とボールペンと、携帯電話をポケットに入れるのでありました。その後腕時計を左手に嵌めてから、両頬を平手で軽く二度ほど叩いて、軽い喝を入れてから部屋を出るのでありました。これは娑婆時代に拙生が朝出かける時の儀式として、時々やっていたその癖が出たのでありました。
 先ずはカフェテリア黄泉路で朝食であります。店内は何故か昨日より、食事を摂りにきた亡者で混みあっているのでありました。先ず調理カウンターを覗くと、娑婆の中国人風の料理夫に「また来たあるか」等と愛想の声をかけられたり、娑婆の日本人風の板前に「へい、今日も活きの良い魚が入っていますぜ!」なんとまたもや刺し身を勧められたり、娑婆のイタリア人風のシェフに「今朝はあっさりとした辛子明太子スパゲティーがお勧めでーす」なんと云われて、そんなものイタリアにはなかろうと思ったりするのでありました。
 しかし勧められる儘にその料理を総て注文して、序でにワイン一瓶と日本酒の二合徳利を二本頼むのでありました。またもや自分のテーブル上が、運んできた料理で隙間なく埋め尽くされているのを見て、誰にと云うわけではないのですが暫し呆れ顔なんかをして見せてから、拙生はそれをガツガツと腹の中に片端から収めるのでありました。別に自棄になる事なんぞ何もないのに、これは傍から見れば自棄食いと云う風に見えるのかも知れない、等と何となく傍目を気にしながら、顎と咽を精力的に動かし続けるのでありました。
 最後にコーヒーでも飲まんかなと思って、自儘に料理を取る事の出来る長テーブルへ行ってコーヒーをカップに注いでいたら、目の端に餃子とチャーハンが見えるのでありました。事の序でにその餃子とチャーハンと焼きソバを一皿ずつ、ハムと野菜のサンドイッチとスクランブルエッグと大振りのソーセージ二本、それに味噌汁とお香々と、御飯を丼に大盛りにして、コーヒーの他にオレンジジュースを自分の席に運んでくるのでありました。
 こんなに強欲の趣く儘に朝食を掻きこんでいる亡者が、拙生の他にもいるかしらと思って辺りを見回すと、大概の亡者達は、まあ、娑婆で普通に摂っていた程度の量の、しかも和食なら和食、中華なら中華、洋食なら洋食に統一された穏健な食事をしているのでありました。しかし中には拙生と恐らく同じ魂胆からか、大量の料理をテーブルの上に並べている猛者もいるのでありました。その猛者の強欲な食事ぶりを見ながら、今更どの面下げてと謗られそうでありますが、拙生は何となく気恥ずかしい心持ちになるのでありました。
 只だと思って、了見がいじましいと云うのか浅ましいと云うのか。恥も外聞もなくここぞとばかりに大食らいしている図と云うのは、矢張り見るに耐えないものであります。拙生は大いに赤面するのでありました。明日の朝食は慎ましやかにすべきでありましょう。
 どうせ食っても食わなくても、拙生のこの仮の姿には空腹も満腹もないのであります。だからと云ってそれなら大食らいしてやろうと思うか、無駄食いはしないでおこうと思うかは、屹度娑婆時代にどれだけ品位を磨いてきたか、と云うところに関わっているのでありましょう。ここは拙生の娑婆時代の心胆の位が試されているのであります。・・・いやまあ、もう娑婆にお娑婆ら、いや違った、おさらばした身であるなら、そんなにしかつめに考えなくとも良い事ですかな。それにもうすぐこの仮の姿も消えてなくなるのでありますから。
(続)
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