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もうじやのたわむれ 212 [もうじやのたわむれ 8 創作]

「花紀京とか岡八郎とか、船場太郎とか桑原和夫とか、それに原哲夫とか平参平とか、井上竜夫とか谷茂とかの俳優さんがいましたか?」
 拙生は後ろの発羅津玄喜氏をふり返りながら歩いているので、時々足場の悪い山道の、不意に現れる段差に足を取られたりするのでありました。
「いや、そんな名前の俳優はいませんでしたね」
 それはそうでしょうか。今挙げた中でこちらの世に来ているのは、平参平さんと岡八郎さんくらいなもので、他は拙生が娑婆をお娑婆ら、いや、おさらばする時には未だ向こうで舞台に立っていらっしゃる、現役バリバリの役者さんでしたから。
「こちらの、邪馬台銀座商店街近くの映画・興行街にある六道の辻亭と云う寄席では、漫才とか新喜劇とかもやるのでしょうか?」
 拙生は首を後ろに捻った儘、発羅津玄喜氏に訊くのでありました。
「いや、あそこは落語が主流で、色ものとして落語の合間に漫才や奇術なんかもやります。落語協会と云うところと落語芸術協会と云うところが旬変わりで興行を打ちまして、両協会共に新喜劇とかの俳優さんはいないはずです。だから新喜劇はやらないと思いますよ。まあ、私は一度も六道の辻亭には行った事がなくて、そう云う風に聞いているだけですが」
「娑婆の東京にある、新宿末広亭とか上野鈴本演芸場とか浅草演芸ホール、それに池袋演芸場と云う定席の寄席と同じような感じでしょうかな」
「不勉強なもので、娑婆の東京の寄席の事情に詳しくないものですから、そこは私には何とも答えようがありません」
 発羅津玄喜氏が恐縮の面持ちで拙生に一礼するのでありました。
「ま、明日行ってみれば判る事ですかな」
 拙生はそう云って発羅津玄喜氏から視線を外して、後は無言で、前を向いて時々急勾配になったり直角に折れ曲がったりする山道を下って行くのでありました。
 車で宿泊施設に戻ったのは逸茂厳記氏が云っていた通り、未だ暮れ切っていない内でありました。我々は出かけた時と同じに閻魔庁職員専用の出入口から宿泊施設の中に入り、職員専用エレベーターで上のロビーに辿り着くのでありました。
 この間、専用車で元気コンビの護衛までついて、何の危険な目に遭う事もなく無事に宿泊施設に帰り着いたのでありましたが、元気コンビは何につけ細々と拙生の世話を焼いてくれるし、観光のガイド役も務めてくれるし、缶コーヒーまで奢ってくれるしで、拙生としてはまるで御大名旅行をさせて貰ったと云った感じでありました。こう云った格別の待遇なんぞと云うものは、この先こちらの世に一般の霊として生まれ変わっても、余程の事がない限り、受ける事は出来ないであろうと拙生は思うのでありました。これは全くこちらの世で短時間、仮の姿で過ごすところの亡者であったればこその特典でありましょう。
 となると一般の霊として生まれ変わるよりも、亡者の儘でこちらの世で身過ぎ世過ぎしていく方が、余程安楽なこちらの世ライフを送れるであろうと、拙生は不埒な事をまたぞろ考えたりするのでありました。飯も食わないで済むし、嫌々勉強したりあくせくと働いたりする必要もないようだし、透明人間とか幽霊の利点も大いに行使出来るのだし。
(続)
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