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もうじやのたわむれ 194 [もうじやのたわむれ 7 創作]

「へいお待ち!」
 娑婆のイタリア人風のコックがピザを作りに去ると、最初の和装の若い板前が活き造りにした鯉の洗いの大皿を持ってきて、拙生の前にどんと置くのでありました。
「おお、もう出来たのですか」
 拙生は前に置かれた、笹の葉の上に載せられた、未だ口をパクパク動かして尾鰭をヒクヒク痙攣させている、解体されて情けない姿になり果てた鯉を見るのでありました。
「どうぞご堪能しやがれってんだ!」
「なかなか威勢が良い口調で実にどうも結構な事ですが、聞くところに依ると、貴方は信州佐久からいらしている板前さんだと云う事ですが?」
「へい、その通りで!」
「しかし喋っておられる言葉なんと云うものは、信州弁ではなくて、落語とかに出てくる江戸っ子の職人の言葉つきですなあ」
「あたぼうでやすよべらぼうめえ。こちとら神田でおぎゃあと産まれてこの方ずっと、信州佐久の江戸っ子でえ職人でえ、威勢が良いんでえ!」
「信州佐久の江戸っ子ですか。・・・神田の生まれ?」
「その通りでやすが、何か問題でもありやすかい?」
「いや、娑婆の方では信州佐久と江戸は全く違う処なのですが、こちらでは信州佐久の中に江戸と云う地域があるのでしょうかね?」
「その通りでやす。ま、江戸と云うのは昔の地名で、今は東京と名前が変わりやしたがね」
「信州佐久の中にある、昔江戸と云われていた東京、ですか。・・・?」
「正解でやす!」
 和装の若い板前は手にしていた菜箸でピースサインをするのでありました。
「地獄省邪馬台郡の行政府やら郡会議事堂やら、それに閻魔庁のあるこの辺りが江戸、或いは東京と呼ばれる地域ではないのですか?」
「そりゃ違えますぜ、旦那。この辺りは畝火の白檮原宮と云う地名でやす」
「ウネビノカシハラノミヤ?」
「その通りでやす」
 拙生の頭はこんがらがるのでありました。まあ、こちらと娑婆とでは色々事情や歴史が違っているのでありましょう。変に娑婆とこちらの世の整合を云々するよりは、こちらの世をそっくり其の儘受け入れるのが、亡者としての正しい在り方かも知れません。
「ま、それにつけてもお手間をおかけしました」
 拙生は取り敢えず料理の礼を云うのでありました。
「へい、どういたしましてってんだ!」
 板前はお辞儀をして去るのでありました。入れ替わりに和装の年嵩の板前が鰤と石鯛の刺し身の盛りあわせ大皿を持って現れるのでありました。
「へいお待ち!」
「ああこれは恐れ入ります」
(続)
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