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もうじやのたわむれ 192 [もうじやのたわむれ 7 創作]

 それから欲張ってまた大テーブルまで行って、小松菜と焼き餅入りの澄まし雑煮、餅米の握りに豚肉片と煮染めた椎茸が中に詰まった笹の葉包みの粽、特大の海苔巻きと稲荷寿司、見た目が綺麗だったので紅白段違いに並べられた蒲鉾と、序でにこれも綺麗な紅白段違い重ねの菱餅、ラーメンに餃子に焼売にヤキソバ、鱶鰭スープと八宝菜と高菜チャーハン、パエリアにブイヤベースにホットドッグにスパゲティナポリタン、杏仁豆腐と羊羹と汁粉と月餅、西瓜にメロンに桃に洋梨等々、拙生は無節操に自分のテーブルに運んでくるのでありました。飲み物と云えばビールの大ジョッキと赤ワイン、それに日本酒と焼酎のお湯割りであります。これだけ運ぶのに何度大テーブルと自分のテーブルを往復した事か。
 しかしこれだけでは未だ飽き足らずに、拙生は調理カウンターの方へと向かうのでありました。遠目に自分のテーブルをふり返って見れば、上に載った料理がテーブルを隙間なく占領していて、これ以上の皿は載る余地がどこにもないようにも思えるのでありました。
 それでも拙生はもっともっと多くの料理を我がテーブルに運ぼうと云う了見を、変更する気は全くないのでありました。ま、腹が途轍もなく減っているのでもないのでありましたが、この拙生の仕業なんと云うものは、いったいどう云う魂胆からでありましょうや。
「こちらの名物料理の鯉の洗いを一人前ください」
 拙生は調理カウンターの中の和装の若い板前に声をかけるのでありました。
「へい、暫くお待ちを!」
 若い板前はそう大声で返事をして、きびきびとした動作で奥の大きな生簀まで行くと、ピチピチと跳ねる元気な鯉を一尾網で掬い取って、それを生簀横の俎板の上に叩きつけるように載せ、傍らに大皿を取り出すのでありました。どうやらこれから活け造りが始まるようであります。豪勢にも、大ぶりの鯉一尾が一人前なのでありましょうか。
「その鯉一尾が一人前ですかな?」
 拙生は奥で腕をふるう若い板前に、少し大きな声を出して問うのでありました。
「へい、その通りで!」
 板前は拙生の方に背中を向けた儘、手際良く出刃包丁を動かして鯉の解体作業を続けつつ、拙生と同じ声量で、なんとなく娑婆の江戸っ子風の口調で応えるのでありました。
「他に何かご注文はございやすかい?」
 これは別の年嵩の、同じく和装の板前が江戸っ子口調で拙生に訊く言葉でありました。
「そうですねえ、・・・では、刺し身は何が出来るのですかな?」
「今日は鰤と石鯛がお勧めですぜ」
「何処で捕れた鰤と石鯛でしょうかな?」
「へい、すぐ前の三途の川でやす。活きがようがす」
「三途の川に鰤と石鯛が泳いでいるのですか?」
「あったりめえでやす!」
 そう云えば審問官と記録官が地獄省の地理の話しの中で、こちらには海がないものだから、鯨も淡水で生きられるように環境適応したなんと云う事を云っていたのを、ふと思い出すのでありました。ですから鰤も石鯛も同じく、環境適応したのでありましょう。
(続)
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