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もうじやのたわむれ 191 [もうじやのたわむれ 7 創作]

 ウエイターは腰をかがめた儘そう云って、大テーブルの先の壁際にある調理カウンターを掌で指し示すのでありました。
「鯉料理にベーコンエッグにスパゲティーにラーメンに刺し身に寿司ですか。和洋、それに中華を問わず何でもありの朝食ですね。日本酒の熱燗まであるとは驚きですな」
「酒類は日本酒の他にビール、ワイン、ウイスキー、焼酎、様々なカクテルもご用意させていただいております。ウーロン茶やコーヒー等のノンアルコール飲料もございます。調理カウンターの中にはワインのソムリエも、カクテルを作るバーテンダーもおります」
「朝から酒が飲めるとは結構ですなあ」
「いくら飲んでも亡者様は全くお酔いにはなりませんので、たんとご賞味ください」
「ええどうも恐れ入ります。しかしどうして亡者は酔わないのでしょうか?」
「そう云う風な体の構造になっておられるからですよ」
「そう云う風な体の構造、と云うのは、どういう風な体の構造なのでしょう?」
「いや私はその辺は詳しくは存じ上げないのですが、兎に角そう云う風な体の構造です」
「ああそうですか。成程ね」
 ちっとも成程ではないのでありましたが、拙生はそう返事するのでありました。これも後で閻魔大王官に訊けば良い事であります。
 しかし幾ら酒を飲んでも酔わないと云うのは、嬉しいような悲しいような妙な心持ちと云うべきであります。飲む量に喜びを見出すタイプには嬉しく、飲む気分に喜びを見出すタイプには悲しい体の構造、と云えるでありあましょうかな。
 拙生はと云えば、どうせ飲むならほろ酔い加減の、ちょっと良い気持ちになりたいと願うクチなのでありますが、ですからそうすると、少し悲しい体の構造と云うべきでありしょうか。まあ、こんな拙生の呑気な悲しみなんかはこの際どうでも良い事でありますが。
「序でに云っておきますと、食事に関しても、幾ら量を摂取されても満腹にもおなりになりません。これもそう云う体の構造故であります」
「ああそうですか。成程々々」
 ここも全く成程ではないのでありましたが、拙生は取り敢えず頷くのでありました。ま、若いころは貧乏な無駄飯食らいの徒食漢中の徒食漢、として鳴らした拙生でありましたから、こちらの方はちょいとばかり嬉しい体の構造、と云っても良いでありましょうか。
「グラスや猪口、それに取り皿やナイフとフォーク、箸等は大テーブルの方に置いてあります。それではどうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
 ウエイターはそう云って、丁重な物腰でお辞儀をして拙生の傍から離れるのでありました。さて、では早速と、拙生は席を立って中央の大テーブルへ向かうのでありました。
 大テーブルには和洋中華取り混ぜてふんだんな料理が並び、様々な容をした取り皿が、高層ビルの如くに高く重ねてあるのでありました。拙生は取り敢えずお櫃から丼にご飯を大盛りに装い、それから娑婆の蜆の味噌汁に似た汁物、娑婆の鮭の切り身に似た魚肉片、それからこれも娑婆の焼き海苔に似た黒い薄い乾物を先ず自分の席に運び、大テーブルに取って返して、鯉濃と鯉の甘露煮、それから序でに半熟ゆで卵を皿に取るのでありました。
(続)
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