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もうじやのたわむれ 190 [もうじやのたわむれ 7 創作]

 ロビーに降りてエレベーターホールを出ると、拙生はフロントの方に目を向けるのでありました。成程フロント横のデスクには、昨日親切に散歩の相談に乗ってくれたコンシェルジュがもう座っているのでありました。確か朝六時にはああやってあそこに座っているのだそうでありますが、そんなに早く彼に相談をしに来る亡者がいるのでありましょうか。
 まあしかしコンシェルジュの方は後回しにして、取り敢えずは朝食であります。拙生はエレベーターホールの横に在る、黄泉路、と云う名前のカフェテリアに入るのでありました。すぐにウエイターが傍にやって来て、拙生に一礼するのでありました。
「朝食でいらっしゃいますか?」
「ここに宿泊している、閻魔大王官の審理を受けている思い悩み中の亡者ですが、このカフェテリアで、朝食を只でたらふく食おうと云う了見でやって来たのですが」
「はい、ご用意させて頂いております。ではこちらの方へ」
 ウエイターは掌を上に向けて、軽くお辞儀をしながら拙生を奥へ誘うのでありました。拙生は窓際の席に案内されるのでありました。
「朝食はビュッフェスタイルとなっております。あの中央の大テーブルに色んなものが並べてありますので、何でもご自由にお召しあがりください」
 ウエイターは掌を上に向けた手で中央のテーブルを指し示すのでありました。
「こちらの名物料理なんというのも並べてありますかな?」
「そうですね。ここいら辺の名物と云えば三途の川で取れる鯉の料理でしょうか。鯉濃とか鯉の甘露煮、それに鯉の洗いが三大鯉料理となります」
「なんか娑婆の葛飾柴又の料理屋さんみたいですね」
「葛飾柴又はここからもっと上流に行った辺りの地名ですが、まあ確かに、鯉料理はそこが本場です。川甚とか川千家とか云う老舗料理屋があります」
「三途の川の上流に柴又と云うところがあるのですか?」
「はいございます。そのまた上流には、信州佐久、と云う、矢張り鯉料理を名物とする街がございます。葛飾柴又も信州佐久も三途の川で捕れた鯉の水揚げ港です。私共で供させて頂いている鯉は葛飾柴又で仕入れて、信州佐久からやって来た料理人が調理するものです。ですから素材も調理技術も何処に出しても恥ずかしくない自慢料理となります」
「ふうん、成程ね」
 矢張り邪馬台郡は娑婆の日本にいた連中が多く生まれ変わっていると思われる故、娑婆の日本にある地名が自然についたのでありましょうかな。
「鯉の洗いに関してはあの中央の大テーブルにではなく、あちらの調理カウンターの方でお出しいたします。中で立ち働いているシェフに直接ご注文していただきまして、少々お待ちいだたければ出来たてを堪能する事が出来ます。鯉の洗いなんと云うのは、何と云っても氷水で洗ってすぐの、冷たく締まったものが美味いですからね。序でに云いますと、あの調理カウンターではベーコンエッグやハムエッグ、それにスパゲティー、ラーメン、ちゃんぽん、饂飩とか云った麺類や、後は鯉の洗いを始め、他の魚の刺し身や寿司等の生もの、それに日本酒の熱燗なんかもお出ししておりますので、宜しければご利用ください」
(続)
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