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もうじやのたわむれ 189 [もうじやのたわむれ 7 創作]

 まさか今日の散歩で、風邪でも引いて仕舞ったのではないでしょうか。しかし熱っぽいとか体が怠いなんと云う感覚はないのであります。大体、幽霊が風邪等引くわけがありません。池から浮かび上がった戸板の上のお岩さんがくしゃみをしたら、恐ろしさも帳消しであります。ではそうすると、今のこの大儀だと感じる心根なんと云うものは、一体全体どうしたわけでありましょうや。そんなもの感じる必要はないはずでありましょうに。
 ソファーに座った儘でいると、拙生はなにやら眠たくなってくるのでありました。この、眠たくなる、と云うのも解せない話しではありませんか。拙生の今の体てえものは、生命体としての営みの埒外にあるのでありますから、睡眠を与える必要もないはずであります。眠そうな顔のお岩さんなんと云うのは、何やら見ていて気の毒になると云うものであります。そんな事を考えている内に、拙生は迂闊にも本当に眠って仕舞うのでありました。
 やけに後頭部が暑いので目覚めたのでありますが、薄目を開くと後ろの窓からカーテン越しに、朝日が部屋の中に侵入しているのでありました。すっかり朝のようであります。
 目覚めた後は大儀だとも思わず、拙生は立ち上がって化粧台まで行って、そこに置いていた腕時計を取り上げて見れば、針は朝の六時を差しているのでありました。矢張り間違いなく拙生は眠ったようであります。疲れてもいなかったし寝る気もなかったと云うのに。
 腕時計を見ながら、この、拙生が娑婆時代と同じに睡眠を摂った、と云う不可解について暫く考えを廻らしていたのでありましたが、その理由がはっきり判るはずもないので、拙生は一つ伸びをして、この件に関する思考をあっさり頭から追い出すのでありました。後で閻魔大王官に聞けば良い事であります。そんな事よりも、今日の行動計画であります。
 下のロビーにある、黄泉路、と云う名前のカフェテリアの朝食タイムは、七時からということでありますから、これからゆっくりシャワーを浴びて歯を磨いてちゃっちゃっと身繕いして下に行けば、ちょうどそのくらいの時間になっているでありましょう。昨夜は結局夕食を食いそびれたわけでありますから、たらふく朝食を摂らねば損であります。まあ、昨夜同様、別に腹が減っているのではないのでありましたが、しかしどうせ只で飲み食い出来ると云う事ですから、ここは一番、たらふく、を実行しない手はないのであります。
 拙生はそう決めると、洗面所に行って熱いシャワーを浴びるのでありましたが、この今の仮の姿であっても、シャワー後の爽快感は感じる事が出来るのでありました。備えつけのドライヤーで髪を乾かして、その後これも備えつけの歯ブラシで歯を磨いて、バスタオルを腰に巻いて洗面所を出ると、衣装箪笥が目に入るのでありました。
 箪笥を両開きに開けて見ると、紺色のブレザーと空色のブルゾンが一着ずつ釣り下がっているのでありました。それにカジュアルな柄のワイシャツが二着に半袖ポロシャツが二着、それからベージュのスラックスと紺のジーパンが折り畳まれて中に置いてあるのでありました。傍らにあるボックスの引き出しを引き開けると、そこにはパンツとTシャツが三枚ずつ入っているのでありました。これは当然拙生が使って構わないのでありましょう。
 至れり尽くせりであります。拙生はすっかり下着を替えて、図ったように寸法がピッタリの黄色いポロシャツを着てジーパンを穿いて、パンツも含めて昨日の衣服はそっくりソファーの上に無精に放り投げて、最後に空色のブルゾンを羽織るのでありました。
(続)
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