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もうじやのたわむれ 172 [もうじやのたわむれ 6 創作]

「俺とした事が、少しばかりお前等を甘く見たようだぜ」
 小柄な男が冗談のような軽い口調で云うのでありましたが、それはこう云う事になっても、あくまで余裕のあるところを見せるための虚勢でありましょう。
「どうした、竟に降参か?」
 鵜方氏も相手を問題にもしていないような口調で云うのでありました。
「仕方がない。今日のところは見逃してやろう」
 男はそう棄て科白を吐くと、持っていた短刀を拙生の方にいきなり投げるのでありました。拙生は頭を抱えて慌てて身を低くするのでありました。短刀は拙生の頭上を際どく掠めて後ろに飛び去るのでありました。鵜方氏が拙生の方に目を向けた隙に、男はその場を逃げ去るのでありました。男の姿はすぐに暗がりの中に紛れて仕舞うのでありました。
 鵜方氏は数歩男を追うように走るのでありましたが、しかしすぐに諦めて深追いはしないのでありました。鵜方氏は蹲っている拙生の傍に近寄って来ると、拙生の脇に腕を差し入れて、気遣いながら拙生を立たせるのでありました。
「怪我はありませんでしたかな?」
「大丈夫です」
 拙生は実は恐怖に些か膝が笑っているのでありましたが、なんとか自力で立っていられるのでありました。「いや、それにしても、貴方は惚れ々々するくらいお強いですなあ」
「いやいや、それ程でもありませんよ」
 拙生の呑気な感嘆の言葉に、鵜方氏が照れるのでありました。
「娑婆で習っておられたと云う合気道の技ですか、今のは?」
「まあそうですね。しかしこちらでも、ちゃんと技が使えたと云うのは驚きでした。それにこの私の今の体も、思い通りに動くのか心配だったのですが、まあ、なんとか娑婆時代のようにリラックスして動いてくれましたよ。なかなか精巧に出来ているのですねえ、私達のこの今の、人間でもなく霊でもない個体識別のためだけの仮の姿、なんと云うものも」
 後方で呻き声がするのでありました。それは先程鵜方氏に伸された巨漢の一人、いや一霊、若しくは一鬼が発する呻き声でありました。鵜方氏はその声の方に向かうと、意識の戻りかけた男の鳩尾にもう一度強烈な当身を食らわすのでありました。男はまたしても夢の中に逆戻るのでありました。鵜方氏は他の伸びた儘の二人、いや二霊、若しくは二鬼にも序でに、念のため当身を食らわすのでありました。なかなか容赦のない仕業であります。
「先程の、交番の警察官に連絡しましょうかね?」
 戻って来た鵜方氏に拙生は云うのでありました。
「そうですね、あの逃げた男も気になりますから、その方が無難でしょう」
 鵜方氏が同意するので、拙生はポケットから携帯電話を取り出すと、先程登録して貰った交番の電話番号をプッシュするのでありました。
 程なく赤燈を目まぐるしく回転させて、大音量でサイレンを発しながらパトカーが急行して来るのでありました。パトカーが公園を背にした拙生と鵜方氏の前に急停車すると、中からさっきの警察官が血相を変えて飛び出してくるのでありました。
(続)
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