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もうじやのたわむれ 168 [もうじやのたわむれ 6 創作]

 道脇の小さな公園を通り過ぎる時に、急に鵜方氏が歩を止めるのでありました。
「おや、何か?」
 拙生は一歩鵜方氏より余計に踏み出してから止まって、すぐ後ろの鵜方氏をふり返るのでありました。街灯の薄明りの中に仄見える鵜方氏の顔は、やや険しい色を添えていて、今までの鵜方氏の印象とは少しく違っているのでありありました。
 鵜方氏は前を見ているものの、気持ちは横の公園の方に向けているようであります。拙生は鵜方氏から目を離して、公園の植えこみ辺りを窺うのでありました。
「何かが動く気配がしたものですから」
 鵜方氏が小声で云うのでありました。そう云われて拙生は公園の道側に等間隔に並ぶ樹木の間を凝視するのでありましたが、拙生には何の気配も感じられないのでありました。
「私は何も感じませんけれど」
「いや、私の怖じ気が木の葉が騒いだのを、過敏に受け取ったのかも知れませんが」
 鵜方氏は険しい表情を少し緩めて、拙生を見てはにかむのでありました。「良い歳をして、私は実は夜があんまり得意ではないのです、恥ずかしながら」
「夜が得意ではないと云うのは、どう云う事で?」
「いやね、娑婆で少年の時分に、或る事情があって、まあ、ごく近い処に住んでいる親類の家からなのですが、夜に一人で帰る事になったのです。その時ちょっと怖い体験をしましてね、その体験がトラウマになっているようなのです」
「怖い体験、ですか?」
「その帰り道にも、人気のない公園がありましてね、その公園を突っ切ると近道になるので、躊躇いもなく公園に入って行ったのですが、そこで幽霊に出くわしたのです」
「幽霊、ですか?」
 拙生は少したじろいで声が上擦るのでありました。
「ええ。白い衣を着た、蒼白な顔をした女の人の幽霊です」
「おお、如何にもそれっぽいですね」
「後ろから肩を叩かれて、ふり返ったら、覆いかぶさるようにその白い陰鬱な顔が近づけられたのです。何か見てはならないものを見たのだと、急にはっきり判りまして、私は一目散に逃げ出したのです。しかし怖いながらも妙に気になって、公園を出しなに後ろを恐る々々ふり返ったのです。するとその女の人は私の方を悲しそうな目で見て、それから闇の中に溶けるようにふっといなくなったのです。今思い出しただけでもゾッとしますよ」
 鵜方氏は両肩をブルッと震わせるのでありました。「翌日にその公園で、女の人の首吊り死体が発見されたのです。失恋の末の縊死だと父親が云っておりました」
「お、お、恐ろしい話ですね」
 拙生も大袈裟に身震いして見せるのでありました。
「私はその話しを聞いた途端、その日から三日間高熱が出て学校を休みました。それにその後何年も、私はその公園には近づけなかったのです」
 鵜方氏が唾を飲みこむのでありましたが、その音がいやにはっきり響くのでありました。
(続)
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