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もうじやのたわむれ 166 [もうじやのたわむれ 6 創作]

「邪馬台郡の街の雰囲気がお気に入られましたかな?」
 拙生が訊くのでありました。
「そうですね。如何にも娑婆の日本的な風情が、それも一昔前、私が子供時分にそうだった風情が、ここには濃厚にあるような気がします」
「生まれ変わり地を邪馬台郡にしようかと、そうお考えになってきたと云う事で?」
「ええ、大いにそう思い始めております」
 鵜方氏は些か興奮気味に云って、漸くに漆黒の海原に小さな船明かりを見つけた、一人ゴムボートで漂流していた遭難者のような目をするのでありました。こうなると是が非でも、今日の内に住宅地の方にも足を伸ばしてみなければなりませんかな。
 アーケードの屋根が尽きる辺りに赤い玄関灯を燈した交番があり、そこには娑婆と殆ど同じ制服を着た四霊の警察官がいるのでありました。邪馬台銀座商店街南派出所、と木の表札が掲げてあります。その表札にも<亡様歓迎>の文字が小さく書かれているところを見ると、ここの警察官の中にも閻魔庁関連に働いていた鬼がいるのでありましょう。我々亡者を認識できる警察官が交番にもいる事に、拙生は少しの安心感を抱くのでありました。
 成程その交番を通り過ぎる時に、出入口のところに立って外に視線を投げていた警察官が、我々に律義に敬礼をして見せるのでありました。
「おや、我々亡者がお見えになるのですか?」
 拙生は竟立ち止まって、その警察官に声をかけるのでありました。
「はい。ちゃんと見えております」
 警察官はそう云ってもう一度敬礼するのでありました。
「お勤めご苦労さんでございます」
 拙生は愛想を云いながらお辞儀するのでありました。
「お散歩ですか?」
「ええ、視察散歩の途中です」
「もう大分暗くなりましたから、そろそろ宿泊施設の方にお戻りになられた方が安全かと思いますよ。最近は何かと物騒ですしね」
 警察官は自分の腕時計を見ながら、あまり緊迫感のない声で警告するのでありました。
「この先にある住宅地の家並みを少し覗いたら、今日は帰る了見でおります」
「ああそうですか。近頃亡者の方が行方不明になると云う事件が何件か発生しておりますので、特に夜間は充分に気をつけてください」
「判りました。そういたします」
「若し何かありましたら、連絡いただければ急行いたします。宿泊施設の方で携帯電話か何か借りてこられましたかな?」
「携帯は借りてきました」
 拙生はそう云ってポケットの中の携帯電話を取り出して見せるのでありました。「これには警察署の電話番号も予め登録されておりましたよ」
「何でしたら、ここの派出所直通の番号も登録して差しあげましょうか?」
(続)
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