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もうじやのたわむれ 155 [もうじやのたわむれ 6 創作]

 コンシェルジュも立ち上がって拙生等にお辞儀をするのでありました。
「どうぞ楽しい散歩の時間をお過ごしください」
「あ、これはどうも恐れ入ります」
 拙生と連れの男は一緒に片手を上げて答礼するのでありました。
 フロントに戻って、先程鍵を預ってくれた女性に携帯電話を貸してくれるよう申し出ると、この宿泊施設と、この辺り一帯を管轄する警察署、それに邪馬台郡の観光案内所の電話番号が既に登録された携帯電話を、連れの男と二人分用意してくれるのでありました。フロントの女性は拙生と連れの男の夫々の電話番号を、夫々の携帯電話に加えて登録して、それを丁寧な物腰で渡してくれるのでありました。それから、これは必要ないかも知れませんがと前置きして、可愛らしいイラストが描いてあるメモ帖とボールペンも、夫々に手渡してくれるのでありました。なかなか行き届いた事と拙生は感心するのでありました。
「どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
 フロントの女性に笑顔で送り出されて、拙生と連れの男はフロントを離れて、なんとなく浮き々々とした足取りでエレベーターホールに向かうのでありました。
「可愛らしい女性でしたなあ、笑った目元に愛嬌のある」
 連れの男が歩きながら云うのでありました。
「そうですね。審問官も記録官も閻魔大王官も補佐官も、こちらに来て言葉を交わしたのはむくつけき野郎ばかりでしたから、ああ云う若い女性にニコニコと笑いかけられたりすると、妙に嬉しくなってきますよね。こう云う感覚は如何にも娑婆的なのでしょうけれど」
 拙生は携帯電話を片手で弄びながら云うのでありました。
「いや全くですなあ」
 男はやや鼻の下の伸びた笑い顔で同意するのでありました。
「ところで未だお互いに名乗りを上げておりませんでしたかな」
 拙生が云うと男はそこで初めてそうであった事に気づいた、と云うような表情をするのでありました。拙生は先ずこちらから自分の名前を男に告げるのでありました。
「ああこれは迂闊でした。申し遅れましたが、私の方は鵜方三四郎と申します」
 男はそう名乗るのでありました。
「姿三四郎?」
「いやいや、鵜方です。長良川の鵜飼の鵜に、方角の方の字で、鵜方、です」
「ああ、鵜方さんね」
「娑婆にいる時は今の貴方のように、よく姿三四郎と間違われましたよ」
「これは失礼いたしました」
「いやいや、そんな謝って頂く程の事でもありません」
 鵜方氏は首を横にふるのでありました。「こちらでは極楽でも地獄でも二十歳になったら改名自由と聞きましたので、いっその事、姿三四郎、と名乗ろうかと考えております」
 エレベーターではすぐ下の二階までしか下りられないのでありました。二階には空港の国際線入国審査のようなボックスが幾つも並んでいるのでありました。
(続)
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