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もうじやのたわむれ 144 [もうじやのたわむれ 5 創作]

「なかなかシックな感じのロビーでしょう?」
 補佐官筆頭が拙生に訊くのでありました。
「そうですね、娑婆の新宿にこんな感じの喫茶店がありましたよ。まあ、こんなに広くはなかったですが、噴水が真ん中に造ってあって、ソファーの配置の仕方も、照明もこんな感じでしたかな。それはもう遠い昔の記憶でして、なんか懐かしい感じがしておりますよ」
「ここは亡者様専用の宿泊施設となっておるのです」
「ホテルみたいなものですね」
「そうです。しかも無料の」
 補佐官筆頭はそう云って、拙生に鎖で小さな鍵がつけてあるアクリル製の細長い四角柱の、紫色のキーホルダーを渡してくれるのでありました。「これが貴方様の部屋のキーになります。このフロアからエレベーターで三十三階まで上がって頂いて、キーホルダーに書いてある三三三三号室と云う部屋になります。三途の川の眺めのなかなか良い部屋ですよ」
「ああそうですか」
 拙生はキーを受け取って、部屋番号を確認するのでありました。「しかし私なんぞは所持金が五円で、着替えや貴重品なんかの入った旅行カバンも何も持っていないのですから、部屋に鍵なんかかけなくても大丈夫でしょうがね」
「まあ、他の亡者様もそうなんですが、このキーは観光旅行先のホテルに宿泊すると云う感じの、一種の雰囲気作りですな。それにここには地獄省に住む一般の霊なんかも仕事で出入り出来ますので、亡者様の安全を考慮して、万々が一に備えてと云う事ですわ」
「一般の霊には私達の姿は見えないのでは?」
「その通りですが、しかしだからと云って部屋に勝手に入られるのも困るでしょうからね。一般の霊は上階の客室に行く事は出来ない規則になっておりますが、まあ、妙な了見の不心得者がいないとも限りませんので、一応部屋の出入りにはこのキーを使用するのです」
「ふうん、成程ね」
 拙生は四角柱のキーホルダーを握って、その先に取りつけてあるキーを無意味にぐるぐるとゆっくり回転させるのでありました。
「それからこれはこの宿泊施設の案内です」
 補佐官筆頭はそう云って、B五判程の大きさの、数ページを中綴じした薄いパンフレットを渡してくれるのでありました。「この施設全体の見取り図もありますし、レストランとかバーとか居酒屋とか、コーヒーショップやらお土産屋さんなんかの所在が描いてあります。一応最初に、各階の非常口なんかもしっかり確認しておく事をお勧めいたします」
「このフロアが三階になっていて、四階以上が客室で、二階と一階にレストランとかバーとか喫茶店とか、お土産屋さんとかのショップが入っているのですね」
 拙生はパンフレットを見ながら訊くのでありました。
「そうです、ショッピングフロアーとなります。勿論亡者様は何れも無料でご利用頂けますし、そこの店員は全員閻魔庁職員ですので、亡者様の姿はちゃんと判ります。偶に一般の霊の納入業者なんかが出入りいたしますが、まあ、お気になさらないでください」
(続)
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