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もうじやのたわむれ 142 [もうじやのたわむれ 5 創作]

 補佐官筆頭が、ふり返った閻魔大王官が何か言葉を発する前に、確たる頷きをして見せるのでありました。万事了解、と云う事でありましょう。閻魔大王官はその補佐官筆頭の頷きに満足気にゆったりと頷き返して、徐に体を元に戻すのでありました。
「では私の方でご案内いたしますから」
 補佐官筆頭が閻魔大王官の頭越しに拙生に云うのでありました。
「お願い致します」
 拙生は立ち上がってお辞儀をするのでありました。
 補佐官筆頭がまた拙生の横に来てから、拙生を後ろの出入口の方に誘うように掌を上に向けてそちらに腕をの伸ばすのでありました。拙生は香露木閻魔大王官にもお辞儀をして、補佐官筆頭の促す儘に体を後方に回すのでありました。
「ではどうぞ」
「楽しい三日間をお過ごしください」
「また三日後に」
「お会いできるのを」
 これは残る四官が云うかけあい科白でありましたが、その後四官は大きな声を揃えて一同で続けるのでありました。「楽しみにしております!」
 拙生はもう一度、閻魔大王官と後ろに居並ぶ四官の方をふり向いて、親愛の笑いを頬に浮べて深く頭を下げるのでありました。
「どうもお世話になりました」
 拙生がそう云うと閻魔大王官も四官も、拍手をするのでありました。ここでは拍手は必要なかろうと思うのでありましたが、ま、一種の景気づけであろうと判断して、拙生は調子に乗って、無意味を承知で両手を上げてその拍手に応えるのでありました。
 補佐官筆頭と一緒に審理室を出ると、もと来た二段折り観音開きの扉の方向ではなく、ずらっと並ぶ審理室のドアを横目に、もっともっと奥の方へと拙生は案内されるのでありました。床はやや赤みがかったカーペットが敷き詰められていて、塵の一つ埃の一塊りも落ちてはいないのでありました。一方の壁に白い審理室のドアが整然と並び、広い間隔を取ってその反対側は、前に空色の長椅子が横に長く並ぶ、何処にも染みも汚れも浮いてはいない薄クリーム色の壁で、それと、程良い明るさを供給すべく、天井照明の遥か向こうまで連なる高い天井に囲われたところのこの空間は、色気や愛想は一切ないにしろ、しかし如何にも清潔な広い回廊と云った趣きであります。壁際に並んだ空色の長椅子には、恐らく審理室に呼ばれるのを待っているのであろう、拙生と同じような亡者連中が、寛いだ風ではあるものの行儀よく、手持無沙汰に無表情に黙って座っているのでありました。
 この広い廊下のような空間を抜けると、ホテルのロビーを思わせる大広間に出るのでありました。広間の中心には噴水が設えられていて、高い天井に向かって高低様々噴き上がる太い或いは細い水の曲線が、照明に煌めいて優雅に空間を彩っているのでありました。拙生はふと、昔娑婆の新宿の地下街にあったと思うのでありますが、名前はもう忘れたマンモス喫茶を思い出すのでありました。ここのはそれよりもかなり上品な感じであります。
(続)
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