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もうじやのたわむれ 135 [もうじやのたわむれ 5 創作]

 閻魔大王官にそう云われて補佐官筆頭は顔を顰めて見せるのでありました。
「してみると、確かに私は大酒さんにまんまと弄ばれたと云う事になりますか」
 補佐官筆頭は顰め面の儘首を何度か横にふるのでありました。「私にそんな下らないちょっかいを出して面白がるとは、大酒さんと云う方は随分と根性曲がりですね。昔こちらにいらした時から、そんな風な方だったのでしょうかね?」
「いやあ、もう随分若い時の事になるが、ワシは大酒にそんな印象は持ってはおらなんだなあ。どちらかと云うと一本気で、律義な性格じゃったと思うておったぞい。プライドは妙に高かったけれどな。それに短気じゃった。それからくどいと云うのか、物事に執拗に拘るところはあったかのう。まあしかしその短気からか、ちょっとした事で自制心を忘れて仕舞うて、将来の夢も希望も放り投げて、地獄省を出奔しなければならんようになったのじゃから、そこでアイツは歪に根性もねじ曲がる程の挫折感を経験したのじゃろうて。そいで以って準娑婆省に行って、あそこの低劣なヤツ等に混ざってデカダンな生活を送る内に、その根性曲がりにいよいよ磨きをかけて、竟には根っから準娑婆省のヤツになり果てて仕舞うたのじゃろう。考えてみれば、それは哀れと云うも甚だ疎かなる事じゃのう」
 閻魔大王官が補佐官筆頭と同じような顰め面をして、しかし眉宇にそこはかとない哀愁を湛えて、これも同じように首を数度横にふるのでありました。
「まあ、ある意味で悲しい物語ですかなあ、それは」
 補佐官筆頭が少しばかり眉間の険しげな皺を緩めて云うのでありました。
「ちょっと口を挟みますが、大酒さんと云う方の意志と云うのか念というのか、兎に角そう云うものが、いやそう云うものだけが大酒さんの体から離れて、補佐官さんの泊まっている宿の部屋にこっそり遣って来て、補佐官さんの耳元で件の句を囁くと云うのは、娑婆の感覚で云うとすれば幽霊が、いや、大酒さんは未だ亡くなってはおられないから生き霊と云うのが良いかと思いますが、その生き魑魅が枕辺に立って悪さをするのですから、娑婆の日本の東北地方に伝わる、座敷童みたいなものを想像すれば良いのでしょうかね?」
 拙生は遠慮がちに閻魔大王官に訊くのでありました。
「まあ、そんな風景を想像すればよかろうのう」
「では姿は見えないのですかね?」
「まあ、意志とか念とかは物質ではないから見えんじゃろうのう」
「ゆらっと辺りの空気がそよぐ気配とか、何処となく生温かい風が吹いてくるような気配、なんと云うものはあるのでしょうかね?」
「それはその意志とか念とかのある種の愛想の表現として、ひょっとしてあるかも知れんがのう。しかし、その姿は決して見えんのじゃ」
「私の場合、まあ、酒も入っておりましたし句を考え疲れて寝て仕舞いましたから、現には、気配なんぞは何も感じませんでしたなあ。ただ大酒さんと居酒屋で飲んでいる夢の中で、目の前の大酒さんが私に進ぜると云われた句を、徳利を上げ下げしたり猪口を傾けたりしながら、やけにしめやかな声で吐かれる声が聞こえていただけでしたかなあ」
 補佐官筆頭がその夢の様子を紹介するのでありました。
(続)
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