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もうじやのたわむれ 125 [もうじやのたわむれ 5 創作]

「私がこの巻物に句を書き留めるのは、単なるフワッと思いついた句を忘れないための、全く個人的な備忘録としてでありまして、もし大王官殿の今云われた理由からであるなら、ここに態々書きこむ必要はないわけじゃないですか。もう既にちゃんと知っているのですから。それに第一、私の句作は単なる趣味でありまして、ただ作ってそれで自分で満足するだけで、誰かに作った句を褒めそやされたいとか、投稿雑誌とかに発表したりする了見なんちゅうものは全くございませんです。私が私の句を今詠みあげたのは、偶々亡者様のご所望があったので、恥ずかしながらお披露目したというだけでありますよ。因って、その柳昇師匠の落語にある句を、確信犯的に剽窃する意味なんぞは何処にもございません」
 補佐官筆頭は落ち着いて云いわけをするのでありました。
「そう云われれば、お主の趣味が句作であると云うのは聞き知ってはおったが、その作った句を聞かして貰った事は、確かに今まで一度もなかったのう。今が初めてじゃ」
 閻魔大王官はそう云って、扱いた顎髭を人差し指に絡めながら頷くのでありました。
「先にも申しました通り、私なぞは駄作一本槍ですから、大体は作った句は人前には晒しません。一人で思いついて一人で推敲して、一人で悦に入っているだけでありますよ」
「成程、そうかいの」
「ご理解を得たようで、恐悦であります」
 補佐官筆頭は閻魔大王官の背中に向かってお辞儀をするのでありました。
「では、先程申したワシの推理はなしと云う事にしようかのう」
「そうなると、補佐官さんの作った句と、娑婆の上野の寄席で聴いた柳昇師匠の落語の中の句が全く同じになった理由は、これは一体全体どう云う不思議なのでしょうね?」
 拙生は質問をふり出しに戻すのでありました。
「偶然じゃろう」
 閻魔大王官はげんなりする程あっさり云うのでありました。
「いやいや、偶然にしては微に入り細に入り一致し過ぎていると思うのですが」
 拙生は尚も食い下がるのでありました。
「いやいやいや、それが偶然の恐るべきところじゃな」
「いやいやいやいや、そう云うぼんやりした理由ではなくて、もっとあっと驚くような明確な理由がありそうな気が、私はするのですが」
「いやいやいやいやいや、・・・」
「もうええ、ちゅうねん」
 補佐官筆頭がそう控えめな声でツッコんで、手にしている巻物で閻魔大王官の冠の乗った頭を軽く打つのでありました。
「あ痛あ!」
 閻魔大王官はそう云って両手で冠を押さえて、後ろをふり返るのでありました。補佐官筆頭は笑いながら、しかし丁重に閻魔大王官に向かって頭を下げるのでありました。
「結構なツッコミじゃったわい」
 閻魔大王官は満足そうな顔で云いながら、ゆっくり顔を元に戻すのでありました。
(続)
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