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もうじやのたわむれ 122 [もうじやのたわむれ 5 創作]

「そうですねえ」
 補佐官が巻物の上で目線を左右にふるのでありました。「では、さるすべり、と云うお題でものした句ですが、・・・」
「ほほう、さるすべり、ですか」
「狩人に、・・・」
「うんうん、狩人に、・・・」
「狩人に、・・・追っかけられて猿滑り」
 予想通りの句でありました。
「味わい深い魅力的な句ですが、何やらややこしいですね」
「いやね、山で猿が狩人に追いかけられて、それで慌てたものだから、猿が間抜けにもツルっと濡れた岩の上を滑って怪我をしたという、ちょっと刃傷物です」
 すっかり柳昇師匠の『雑俳』その儘であります。
「他に、ふくじゅそう、と云う題で、福寿荘お二人さんで一万円、とか、朝顔、と云う題で、朝顔を洗うは年に二三回、とか云う句が、きっと書いてあるのでしょうね、その巻物の中には。それと、初雪や裏の窓開けしょんべんすれば、なんと云うヤツとか」
「お、どうして私の句を一々ご存知で?」
「娑婆の落語に既にあります。春風亭柳昇師匠とかがよくやられていた『雑俳』です」
「おお、こう云う句を捻られた方が、既に娑婆にいらしたのですか!」
 補佐官が大袈裟に驚くのでありました。
「こちらにいらっしゃいませんかな、春風亭柳昇さんと云う落語家さんが?」
「いや、そう云う方は存じ上げません。テレビでも寄席でも見た事もありません」
 まあ、柳昇師匠もこちらに来られてそれ程経っていないのでありましたから、未だ落語家になっておられないのかも知れません。いや彼の師匠が、こちらの世でも落語を志されているのかどうかも判らないわけではありますが。
 補佐官は柳昇師匠を知らないと云うし、その『雑俳』も聴いた事がないとすると、補佐官の捻った句が、彼の師匠が娑婆時代に得意とされた落語の中に出てくる句と符合すると云う事は、一体どう云う事態なのでありましょうか。これも全くの偶然なのでありましょうか。しかし全くの別人、いや、別人霊、いやいや、別人鬼と云うべきか、兎に角、そう云う二個の個性が、互いの住む世の交渉が全然ないのに、こんな文言まで同じに句を作る事があり得るのでありましょうか。拙生は腕組みをして、暫し思案するのでありました。
「娑婆の柳昇師匠と、柳昇師匠を全くご存知ないこちらの世の補佐官さんが、全く同じ句を捻り出すと云う現象は、いったいどう云う按配でそうなったのでしょうか?」
 拙生はそう、補佐官に向けるとも、閻魔大王官に向けるともつかない目線で、問いの言葉を発するのでありました。
「どう云うわけじゃろうのう」
 閻魔大王官が顎髭を扱きながら云うのでありました。「まあ、色々な理由が考えられるじゃろうが、どの理由も、これだ、と云う決定打ではなさそうにも思えるしのう。・・・」
(続)
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